森羅万象

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2028 草山のアオモジと九州(大分県)

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アオモジは岡山、山口、九州~沖縄、自然に分布する場所は限られているそうです。山口県では角島が近い、油谷辺りと山口市の限られた海辺で見かけます。 たぶんこの二つ地方が、天然のアオモジの産地と思われます。
優しいアオモジは、庭木として植栽され、また、切り花として利用されています。ヒトの手で移植されて、その後は種子で広がって増え、「野生です」 の顔をして、どんどん広がっているようです。

「アオモジの蕾が大きくなった」-by ゆうさん-画像が掲示板に届いたので、山口市の海辺の草山に行ってみました。\(^o^)/
しかし、蕾は未だ 淡い黄色のままで、花は少しだけしか咲いていませんでした (-_-)゜zzz・・・


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画像をクリックすると、拡大画像に。

草山は、海辺に突き出して 視界は200度。上関半島~下関の、山口県の瀬戸内海の 全部?(90%?)が眺められます。水辺線上には 大分県の国東半島(右の緩いスロ-プ)が見えました。


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上:姫島(ひめしま)は、大分県北東部の国東半島沖に浮かぶ島。
下:富士山型の山は 涌蓋山(わいたさん)、大分県玖珠郡九重町と熊本県阿蘇郡小国町にまたがる山。手前の左には鶴見岳、由布岳?も見えました?が、雲の中に隠れています。


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アオモジアは蒼い海を背景に咲くのが素晴らしく・・・後の島は 「祝島」-山口県上関町

祝島の神舞(かんまい)
「伝承によると今から千百十余年の昔、仁和二年八月(887年)、豊後伊美郷の人々(姫島)が山城国石清水八幡宮より分霊を奉持して海路下向中、嵐に会い祝島三浦湾に漂着した。当時この地には三軒の民家があったが、生まれる子供は体が弱く生活は苦しかったが、彼らは一行を心からもてなした。その時に教わった荒神を祭り、農耕(麦作)を始めたことにより、以後島民の生活は大きく向上。それからそのお礼にと、島民は毎年八月に伊美別宮社に「種戻し」に欠かさず参拝をした。そして4年毎に伊美別宮社(姫島から)から二十余名の神職、里楽師を迎え、本島を斎場として神恩感謝の合同祭事を行うようになった。これが神舞神事の起源である。
 神舞では三隻の神船を中心に櫂伝馬船等、百余隻に及ぶ大漁旗で飾った奉迎船が織りなす、勇壮な入船・出船の海上神事が行われ、古式豊かに三十三種類の神楽舞が新調の苫で小屋掛けされた仮神殿で奉納される。」


出船神事
「五日目最終日では、午前中、子供神楽が演じられ、その後、宿の旅立ちを祝う、宿の儀が行われ、還幸出お祭りの後、三柱の神は、御座船へと戻され、櫂伝馬船の先導で湾内をお供船と共に進み、伊美湾への(姫島
への岐路に着く・・・・・・・・神主と舞手を招き(姫島より)実施されるという特徴的な形態が、現在でも(平成25年に実施)継続されている点に大きな特徴がある。瀬戸内海における海上交通を通じた交渉史やそれが地域の民俗の形成に、及ぼした影響を考える上で重要な祭礼と言えよう」
-「山口県の 祭・民俗」より




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お知らせ:超久しぶりに、飛行機に乗って、2178-263 マイルの南の国へ、暫く旅に行ってきます。-社長
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by ab300211 | 2014-02-13 17:42 | 植物

2027 2月8日の雪景色

一週間前は気温は17,18度のところ、立春が過ぎて、気温は急降下。「明日(8日)は大雪」の天気予報 (-_-)゜zzz・・・ しかし、8日の朝は、雪はほとんど(数センチ)積もっていませんでした。

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雪は明け方に降って、積もったようで、しかも、湿っぽい雪で、道路の雪はほとんんど溶けていました。

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町内の一番奥の Oさん家の雪景色です。  道路の雪が溶けていたので、吉敷峠を越えて(積雪ほとんどなし!)、秋吉台の雪景色をチェックしてみました。 \(^o^)/


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期待通り?、雪は無しに近い状態で、カメラマンの姿も無し、ウサギの足跡も無し。の、秋吉台でした。



京都も雪の予報は外れ
昨日から、「雪合戦をする!!」と 張り切っていた翔○選手でしたが、残念ながら雪は屋根にうっすら乗っかっている程度。非常にがっかりしておりました。今は冷たい雨がチラホラ。今夜の雪と寒さに期待しつつ、とりあえず 庭で氷でも作ろうと、色んな容器に水を入れて準備しているところです」 
-KDNP社(京都)より

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by ab300211 | 2014-02-08 21:44 | 風景

2026 『いちじいさま(様)の墓』-痔を治す仏

『昔からの言い伝えによると、いち(草冠+市)右ェ門(いちえもん)と言うお坊さんが、通りすがりに、痔に苦しみながら田畑で働く人達に出会い、念仏を唱えたところ、不思議なことに、痔の痛みが治りました。みんなは大変喜んで、お坊さんの大好きなお酒をお礼として、さし上げました。そして、やがて、お坊さんのことを親しみと敬愛をこめて「いちじいさま」と呼びはじめ、亡くなると、お墓を建て、お酒を供えるように、なったそうです。』-上東自治会の看板より (私は=社長はこんな文章についていけません (-_-)゜zzz・・・)

ということで、私の町(吉敷上東)の新名所?の紹介です。(いちじいさま のお堂が再建されたのは、25年の7月で、古い話題です (-_-)゜zzz・・・)。

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『いちじいさま(様)の墓』は我が家から西へ800歩の小さな山の斜面にあります。斜面を少し登ると、お地蔵様が立っています。石造り仏様を見ると、「お地蔵さま」と呼ぶ傾向があります。が、日本の仏教には∞に近い仏さまが居て・・・・

お地蔵様の像容(姿形や持ち物)は
一般には剃髪した声聞・比丘形(僧侶の姿)で白毫があり、袈裟を身にまとう。装身具は身に着けないか、着けていても瓔珞(ネックレス)程度。左手に如意宝珠、右手に錫杖を持つ形、または左手に如意宝珠を持ち、右手は与願印(掌をこちらに向け、下へ垂らす)の印相をとる像が多い。地蔵菩薩 (じぞうぼさつ)は、仏教の信仰対象である菩薩の一つで、サンスクリット語ではクシティ・ガルバ

「寅さん」で有名な、葛飾柴又の帝釈天は インドの神話に基づく、インドラ

私の家は真言宗です。
地蔵菩薩を拝む時の真言(真実の言葉、仏の言葉)は 「 おんかかかび さんまやえいそうわか
薬師如来を拝む時の真言は 「おんころころせんだり まとうぎそわか」
真言宗のご本尊の大日如来は 「おんあびらうんけんばざらだとばん
「 」の中の真言は全て、インドのサンスクリット語

一番、馴染み深いお経 般若心経は「ぶっせっつ まかはんにゃ はらみったしんぎょう・・・・ぢそうわか はんにゃしんぎょう」(漢字を当てて書かれていますが) ひたすらサンスクリット語で唱えます。ラオスやタイ、カンボアジアのお寺で、お経を聞いていると、親しみを覚えることことがあり、 『どこかで聞いた言葉が・・・』の感じがするのは、お経の原点が、仏教の共通語(元のインドの言葉の)、サンスクリット語であるせいか?思っています。
中国の奥地の雲南地方やネパ-ルにも行った事がある、登山家であり、探検家であり、一流のカメラマンであり、一流のジャ-ナリストの、弟も 「同じ感じがする」  \(^o^)/


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閑話休題


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地蔵菩薩が立っておられる場所、竹藪の隙間から、我が家から158?歩の「土師八幡宮」の杜(もり)が見えます。上東に引っ越して来た頃は、ここから 我が家も見えて、一面田んぼの町?でした。
雉が鳴き、歩き回り、カメ(クサガメ)が這いまわり、夜になるとカエル(トノサマガエル、ツチガエル、ヌマガエル、アマガエル、シュレガ-アオガエルなど)の大合唱!!! 田植えの頃には、庭にホタルが! 我が家のT君(園児)、日がな一日カメを集めていました(趣味)。 夏が来ると、我が家の玄関の灯りの下で「ガマ=蝦蟇)が「お帰りなさい」と出迎えてくれていました。 裏のゴミ箱に 「太い尻尾の犬が!」と思ったらキツネでした \(^o^)/ 5月になると北へ向かう「カッコウ」もお宮の杜に2週間くらい滞在していました。が、
閑話休題2



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『その後、だれかれとなく、「お墓にお酒を供えてお願いすると痔が治る また、治ったらお礼にお酒を持って行くぞ」と言い始め、この話しが広まると、痔で苦しむ人が花や線香とともに酒を持って、お参りに訪れるようになりました。昔は竹筒に入れたお酒を墓石の傍らの木にぶら下げて供えていましたが、今は瓶入りのお酒がほとんです。平成25年7月のお堂再建にあたり、整備をするとおびただしいさ酒瓶が出てきました・・・以下略』-上東自治会の看板より

酒!!! 発起人の名前を見ると、F酒店のFさんの名前が 「さては酒店の陰謀か」とF酒店に取材に行きました。Fさんは子供会の世話役、民生委員、出張紙芝居をする、ボランティア精神に溢れた、上東の 無くてはならない人材ですっ!
「わしは一生酒屋を続けるぞ! わしの酒屋は町のサロン」と頑張っています。

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名付けて、「福だまり」 \(^o^)/  割と親しい友達関係なので、小さな看板(我が社の社員の作品)を寄付させて頂きました (-_-)゜zzz・・・)

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お願い 『いちじいさまのお墓にお参りして、痔が治った方の体験談を募集しています。実名、匿名どちらでもかまいません。備え付けの郵便箱に入れて下さい』 -上東自治会の看板より

Fさんのお話によると
腰に差した刀の切れ味もよく、社会人として頂点を極めたのも納得の 「できる」 人が主役で進めた、お堂再建でした。



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by ab300211 | 2014-02-04 17:51 | 風景