森羅万象

<   2013年 05月 ( 12 )   > この月の画像一覧

1961 田植えの頃の

b0211627_17293817.jpg

自転車散歩コ-スの終点から、500mくらいの、稜雲寺跡(大内氏の時代には150人くらいの僧侶が住んでいて、砦を兼ねた?お寺 現在は石垣のみ) から見下ろすと、田植えがすっかり終わっていました。田植えは上流から始まるので・・・・我が家のすぐ近くの田んぼの田植えは6月になった来週くらいか? もう水は入っています。 画像はクッリクすると大きくなります。

b0211627_1735521.jpg

b0211627_17363644.jpg

田植えの前に畦の穴に産みつけていたのに、田植えで掘り返された シュレ-ゲルアオガルの卵塊が浮かんでいました。イモリものそのそ歩いていました。田んぼが無くなるのは、仕方がないのですが、 こんな面白動物が減っていくのは ちょっと寂しくもあり・・・

b0211627_17401210.jpg

b0211627_17404023.jpg

b0211627_1750467.jpg

田植えの頃のヒメジョンはきれい~ モンシロチョウが翅を休めていました。

b0211627_17504821.jpg

梅雨入りをした、山口地方の明日は雨の予報。 モリアオアガエルの産卵が加速してきました。


[PR]
by ab300211 | 2013-05-31 17:45 | 風景

1960 タニギキョウ、ミズタビラコ

そこらの山の 渓流沿いの道を歩いていくと

b0211627_1811657.jpg

b0211627_182635.jpg

b0211627_181581.jpg


タニギキョウ(谷+桔梗)が咲いていました。6,7mmくらいの花ですが、よく群生しています。日本全土に普通にある植物です。

b0211627_17273652.jpg

じわ~っと水がしみ出すような場所にはミズタビラコが。小さな花ですが、ワスレナグサの仲間です。ミズタビラコは「水 田平子」と 書きますが・・・七草粥にも入れるホトケノザは田平子とも呼ばれていたようです。田平子はどんな意味なんでしょうか????

b0211627_17371517.jpg

タニギキョウやミズタビラコが咲く頃(5月)の渓流では 羽化したてで、ピカピカのカワトンボがいっぱい飛んでいます。翅の色は透明か焦げ茶色。雄雌の違いではなく、どちらもカワトンボです。 我が家の子供はこのカワトンボに噛みつかれて(トンボの口・顎力は強力で、ものすごく痛いっ!) トンボ嫌いになりました。


[PR]
by ab300211 | 2013-05-29 17:47 | 植物

1959 イナモリソウ(稲森草)

b0211627_11331696.jpg

最近、子熊が2度も目撃された、山口市仁保の国際電電の衛星通信基地から ほど遠くない里山の道にイナモリソウ(稲森草)が咲いていました。

b0211627_11365167.jpg

高さが5、6cmの小さな草です。ハッとするような2cm以上あるピンクの花で気がつきました。

b0211627_11393528.jpg

同じ稲森という名前をもっている、親戚の サツマイナモリ(薩摩稲森)は、そこらの山にいくらでも群生しています。イナモリソウはこの場所以外では見たことがありません。 


b0211627_11433847.jpg

b0211627_11442599.jpg

b0211627_11443222.jpg

シンプルな体つきですが、大きな葉と花がなかなか印象的なイナモリソウです。



[PR]
by ab300211 | 2013-05-27 11:52 | 植物

1958 ムラサキ、オカウツボ

分身の術を駆使し、神出鬼没の ゆうさんから 「秋吉台のムラサキ、オカウツボが咲いております」の連絡があり、出かけてみました。

b0211627_18304959.jpg

b0211627_18311999.jpg

最近の山口は30度を超えドンヨリと暑い日が続き・・・今日も暑い。 ハシナガヤマサギソウ(嘴長 山鷺草)はもう終わり頃になっていました。

b0211627_18321841.jpg

天智天皇の7年、668年5月5日端午の節句の日、天智天皇を始めとする宮中の人々は揃って蒲生野に出かけ、薬狩りの行事が開かれました。男達は鹿の角を拾い集め、女達はムラサキなど薬草を摘みました。

額田王が
『茜や紫草が生える草原で、草原の番人やあの人も見ているのに 「愛してるよ」と袖(手)なんか振って困らせないで・・・でも嬉しいわ~』 と唄って万葉集のスタ-植物になったのが、このムラサキです。


b0211627_18333773.jpg

b0211627_1834161.jpg

b0211627_18344794.jpg

b0211627_1835556.jpg

これから背がもっと高くなり、枝も横に拡がりながら、花の数も増えていきます。が、このくらいの咲き始めが趣があります。ただ、ちょっと日差しが強すぎて 写真的には(-_-)゜zzz・・・でした。

b0211627_18362817.jpg

オカウツボもきっちり咲いていました。ゆうさん ありがとうございます。オカウツボやハマウツボは、これまでは図鑑には 「取りあえず、載せておきます」。のマイナ-な植物でした。
が、最近の進化・系統発生学の成果によって、ゴマノハグサ科ほかを手下に従えた、メジャ-級の扱いになりました。


歩いていると。福岡から秋吉台の植物観察にやってきた団体さんに遭遇しました。30名くらい居ましたが、男はたったの3人で、おばちゃんパワ-が炸裂していました。

団体と言えば・・・・今度の日曜日の5月26日に、ボランティアでhigeさんと二人で秋吉台の案内を頼まれています。長者ガ森の駐車場に13時に集合して、軽く歩く予定です(13時~15時半?)。 団体さんから文句は出ないと思います(何人の団体なんでしょうか? も分かっていません)。 私的には 5mくらい離れて付いてくるのは、問題なしです。退屈でお暇な方はどうぞ  ムラサキの1本くらいは見られる予定です。


[PR]
by ab300211 | 2013-05-24 18:37 | 植物

1957 フタバオイ、カンアオイ

b0211627_210083.jpg

『この葵の御紋が目にはいらぬかっ!』 の葵はこのフタバアオイです。茎の途中から2本の柄が伸びて、その先にハ-ト型の葉が付くので双葉アオイです。

徳川家の紋は葵。将軍様のご機嫌伺いには、葵(フタバアオイやカンアオイ)を手みやげに。 これ、越後屋、上州屋、豊前屋、肥前屋 肥後屋・・・・我が藩内にある葵の名品、珍品、変品を集めて参れっ! 「葵は儲かるらしいぞ」のウワサが庶民の間にも拡がって、 1株100両   葵のブ-ムがあったそうです。 


b0211627_21185969.jpg

20年前くらいに、岩が崩れて千切れた茎を見つけたので、拾って帰りました。意外と丈夫で、今は拡がって茂っています(60cm四方くらいですが (-_-)゜zzz・・・)。
花は地面スレスレに付くので、見やすくするための鉢植もあります。花が咲く連休前頃から 、玄関前に、お出ましさせています。


b0211627_21264235.jpg

京都の加茂神社の葵祭の葵は、このフタバアオイです。 我が家の庭で唯一の雅な植物です。

b0211627_21373286.jpg

b0211627_21381074.jpg

庭にはもう1種類、葵があります。 家を建てた頃 庭が寂しかったので 近所のo家のおばあちゃんの山で貰ってきて、木の下に植えました。 密集しすぎて 株分けをしないといけません。が、葉をめくって見ると、花が咲いていました。  サンヨウアオイ(山陽葵)?????

b0211627_21525965.jpg

b0211627_21514223.jpg

b0211627_21541423.jpg

そこらの山で見たカンアオイ。葉の模様は違っていますが、葉をめくって花を見たら、どれもタイリンアオイ?。 カンアオイの種類は多く、分類は難しそうなので、「葉がきれい~」 それでお終いにしています。


[PR]
by ab300211 | 2013-05-21 22:01 | 植物

1956 京都の春旅(最終回)植物園の桜

b0211627_1657537.jpg

土曜日は4月から園児になった翔ちゃんの初めての休日。家からすぐの いつもの梅小路公園はパスして、地下鉄に乗って植物園に行きました。

b0211627_1713091.jpg

土曜日だったので家族連れで賑わっていました。いろんな物が、お楽に見られる植物園は好きです。

b0211627_1733788.jpg

植物園の入場料は60歳以上は無料だったので、「この秋からは70歳以上が無料」の張り紙が。あくまで団塊の世代からお金を頂こうの作戦のようです。 滑り台遊びも終わって、正門の方に引き返す途中

b0211627_1775447.jpg

b0211627_1774065.jpg

園内の、染井吉野も山桜も、とっくに散っていましたが、江戸彼岸桜が満開でした。

b0211627_1713519.jpg

「江戸彼岸は華やか」 と眺めていると、翔ちゃんが指をさして騒いでいました。 1mくらい先の桜の根本で、ムクドリが、土をほじくって餌を?探していました。普通は人が近づくとすぐ逃げる鳥ですが、大胆な奴です。

京都は江戸彼岸桜が多い街です。  ↓ 資料映像
b0211627_17294714.jpg

b0211627_17303976.jpg


醍醐の桜はとっくに終わっていましたが、醍醐寺の門の前の江戸彼岸桜は咲いていました。

b0211627_17272885.jpg

b0211627_17275459.jpg

御所にはヤマブキが似合います。 京都御苑の江戸彼岸も未だ咲いていました。

b0211627_17373485.jpg

この塀に沿って左に行くと、有名な「蛤御門(はまぐりごもん)」があります。が、京都御苑はあまりにも広すぎて・・・・、家に帰ってから気がつきました。 ということで、4月に行った、京都の旅の報告を終わります。



b0211627_17584780.jpg

b0211627_1759512.jpg

[PR]
by ab300211 | 2013-05-19 17:47 |

1955 ムサシアブミ(武藏あぶみ)

b0211627_21443251.jpg

イチリンソウやハルリンドウも嫌いではありませんが、このマムシグサのような 怪しい?妖しい?奴に惹かれます。花びらのように見えるのは一枚の葉(苞葉)が大きくなった仏炎苞。ほんとの花は小さな粒々で、まん中に立っている、棒の根本の方に集まって付いています。

b0211627_21555447.jpg

b0211627_21583620.jpg

大きな二枚の葉(3つ一組=葉)が目立つムサシアブミ、海辺近くでは、里芋の葉くらいに大きくなってビックリします。

b0211627_226012.jpg

b0211627_2262590.jpg

b0211627_2265378.jpg


2本の茎の間にある花(仏炎苞)の形が、武藏の国で作っていた 馬具の鐙(あぶみ)に似ているのでムサシアブミ。 花はマムシグサのようににシンプルでなく・・・仏炎苞の縁が複雑にカ-ルしています。屋根の部分を、めくって見ると、棒の先端の白い棒(付属体)がやっと見えました。

b0211627_22224541.jpg

b0211627_22225576.jpg


そして、こちらは地上スレスレに花を付けるウラシマソウ(ナンゴクウラシマソウ?)。花が付いてる棒の先端部(付属体)を長~く伸ばして、それが浦島太郎の釣り竿で、浦島草。 森の中で一体何を釣るのか?サッパリ分かりません。が、里芋科は不思議な奴が揃っています。

学校では「花には雄しべと雌しべあって、受粉して、種子ができる=自家受粉」、と習います。 ところが、花が咲く植物の半分くらいは自家受粉では種子はできません。
そして、植物には、雄花だけの雄株、雌花だけの雌株もあり、動物のようにオス、メスを目指しているのでしょうか?

マムシグサの仲間には  雄株と雌株があり→雌雄があります。 栄養状態が良いと、雌株になり、悪いと雄株になる。 状況に合わせて雄になったり、雌になったりの、性転換する不思議植物です。3、40年前に?初めて分かった 驚愕の事実です。




b0211627_182286.jpg

5月15日は京都の加茂神社の葵祭がありました。お天気も良く、人出もすごかったそうです。-写真:京都 KDNP社
[PR]
by ab300211 | 2013-05-14 22:54 | 植物

1954 由布高原のエヒアヤメ

b0211627_20521363.jpg

もう3週間前の4月24日・・・大分県の人気の温泉、由布院の裏手の坂道を登っていくと、目の前に由布岳が聳えてたって見える、野焼きが終わって、淡い緑になった、由布高原に到着です。 こんな場所にには「何も無い」ように思えますが・・・

b0211627_20591017.jpg

b0211627_20593651.jpg

手の中に隠れてしまう,、小さなエヒメアヤメが咲いています。天然記念物になる、珍しいアヤメですが、由布高原には、点々と咲いています。 春が早かった今年はもう終わりがけでした。 イチリソウも咲いて・・・

b0211627_2145364.jpg

川の流れはありません。が、雨が降ったら流れができる窪地や岩陰にはサクラソウ。

b0211627_2112976.jpg

ニリンソウ、エンゴサク、バイカカリソウ、アケボノスミレ、オキナグサ・・・こちらは小さな花の、サクラソウの仲間の、最近増えてきた、ワダソウです。

b0211627_2116556.jpg
 
黄色のスミレは滅多に無いスミレですが、久住や阿蘇の草原には 、 「もう見たくない」 ほど、キスミレが咲いています。

b0211627_21205449.jpg

「今年も見たぞ」と安心した、由布高原のエヒメアヤメでした。


[PR]
by ab300211 | 2013-05-13 21:25 | 植物

1953 京都の春旅(6)吉野-後編

これからどこへ行ったらいいでしょうか? お店の人に尋ねると 「中千本 見晴らしが良い展望所があります。歩いて15分くらいです」 車が走る道を横切って、公園のような山の坂道を上がっていきました。

b0211627_1818340.jpg

途中で寄ったトイレの横の斜面に イチリンソウが咲いていました。吉野でイチリンソウが見れたか~

b0211627_18205580.jpg

エンゴサク、セントソウ、オドリコソウ、スミレ、コンロンソウ・・・・あれはニリンソウでは?  トイレを待ってる人の20mくらいの列から 「怪しい奴がおる~っ」 光線が飛んで来たので、やめておきました。

b0211627_18342776.jpg

b0211627_18351620.jpg

葉桜の隙間から蔵王堂が見えてきて・・・立ち止まって記念撮影の人達が ここが展望所かっ!

b0211627_18393884.jpg

b0211627_18401298.jpg

これが満開だったら 感激150%間違いなしの、上千本です。


b0211627_1845489.jpg

b0211627_1847449.jpg

展望所の小山を5分ほど、降っていくと、山上行きのバス停留場がありましたが、バスを待つ人は長蛇の列で・・・・「今日はここまで」 にして、桜のケ-キでお茶しました。 お茶のあとは 蔵王堂の方へ引き返しました。


b0211627_2028588.jpg

蔵王堂の近くの、吉水神社に寄ってみました。この建物が京都から逃れた後醍醐天皇がたどり着いて、最初に南朝をおいた住居(吉水院)です。「南北朝時代」 の実体がこれか (-.-;)y-~~~ の小さな建物です。


b0211627_20354573.jpg

人が集まっている場所がありました。 ここが有名な 「一目千本」 。 絶景 絶景!の 「一目千本」,でした。

b0211627_20451669.jpg

桜は満開を過ぎていましたが「吉野の桜を見たぞ」の安心感に浸りながら、また、ロ-プウェイで近鉄吉野駅へ。 

橿原神宮前までは各駅停車の大阪行きの急行は、通勤電車のように混んでいました。橿原神宮前で京都行きに乗り換えてやっと座れた、吉野遠征でした。



雲を呑んで 花を吐きたる 吉野山  -蕪村

またれつる 吉野の桜咲きにけり  心を散らす春の山風  -西行法師

吉野山 雲をばかりに尋ね入りて こころにかけし花を見るかな -西行法師

[PR]
by ab300211 | 2013-05-10 18:53 |

1952 京都の春旅(5)吉野

吉野と言えば桜、吉野は桜の代名詞。西行法師、後醍醐天皇、源義経、静御前 松尾芭蕉・・・歴史ロマンの町吉野。

「上千本は桜が未だ咲いています」のニュ-スを聞いたので、4月12日、吉野に行ってみました。4月12日と言えば もう一ケ月前。森羅万象社の記事は遅れがち、記事も細切れで長く。 「いつも旅行していますね」 と誤解されているようですが、それは間違い。 記事を作るのが遅すぎ、長すぎのためです。

b0211627_11351858.jpg

4月から幼稚園児になった翔ちゃんを朝 見送ってから、近鉄京都駅へ。 京都駅で電車に乗って、大和西大寺で乗り換え。畝傍山を眺めながら、橿原神宮前で(↑)乗り換え、途中下車して観光したい、岡寺駅、飛鳥駅を通過して 吉野駅まで約2時間半。

b0211627_11361899.jpg

もうすぐ吉野駅の辺りで、右手に下市の町が見えました。 吉野は、上質の酒樽や建築材して有名な、吉野杉の産地です。下市は その木材を製材、加工する、林業で栄えた町。そして、割り箸の発祥の地です。
「割箸は昔からあった」と思っている人が居たら、それは間違いですっ!

山村は田畑にする土地は無く、現金収入の機会も少なく、農村より貧しい暮しが普通。 山村の暮らしを少しでも豊かにする方法は無いか?木を製材していくと、端材(=背板)が出てきます。薪にするくらいしか あまり使い道が無い、製材の余りのような 木材の切れっ端のような?部分。

薪にするのは勿体ない。これを利用し、山村の暮らしを少しでも豊かにできないか?
明治10年、下市の寺子屋の先生をしていた、島本忠雄がこの背板を利用して、2種類の割り箸 「丁六」、と「小判」 を発明しました。 

「丁六」 は長さが丁度六寸で、四隅はそのままの、一番シンプルで安い割り箸です。
「小判」は四隅を丸く削って(=面取)、7寸以上ある割り箸です。四つの角が削ってあるので、上から見ると 小判型。 その後「元禄」も発明されました。「元禄」は箸を割っても、手にささくれが立たないようまん中にも溝を切ってあって、上から見ると8の字で(極端な表現ですが)、それが元禄模様に似ているので「元禄」。今、一番よく使われている割り箸です。

割り箸の存在は次第に世間にしられ、明治20年頃になると、東京でも、かなり使われだしたそうです。
明治40年には下市の小間治三郎が「利休」を発明。その後、一番高級な割り端「天削」も登場。
割り箸製造は 勿体ない精神+山村の暮らしを豊かにする、エコな発明品です。*ただし、天削は余り材でなく、それ専用の木材から作られます。

吉野下市のウワサが広まって、日本各地の林業地帯で、割り箸産業が興っていきました。産業と言っても、家内工業的な設備や広さで作ることができます。 粘着質な性格なので 探索して、島根県にあった、割り箸工場(こうば)を?押しかけ見学しました。 中国地方は赤松の産地で、日本で一つだけ残った赤松の割り箸を作る工場でした。 色白ではない赤松の割り箸は時間が経つと変色し、それにパキと綺麗に割れないので あまり人気がありませんが、なぜか、「粘りがあって ウドンを食べるのに最適」と大阪では人気があったそうです。

1984年。よく勘違で、正義の味方的な記事を作る朝日新聞が 割り箸は森林資源の無駄遣いだ!の「割り箸レポ-ト」を連載。 1987年には、単純思考の「世界の自然環境を保全する団体」 WWF が「日本の割り箸は、熱帯雨林の破壊の元凶である」。 ← インドネシア産の松も使用していますが、元凶???? 針を丸太というようなものです。

WWFは楽しい団体です。「マグロの捕獲を禁止しろ」 と言ったこともありますが、「え マグロを食ってるのは日本人だけじゃない! マグロが獲れなくなったら ツナサンドが食べられない」 と足元から苦情が出て、ト-ンダ-ン (-.-;)y-~~~

割り箸が悪いなら・・・紙コップ、紙皿もと悪いのと違う。 紙コップも紙皿もやめたらどうなんよ。
紙コップも紙皿も使えなかった・・・・コ-ヒ-の自動販売機は X。 パ-ティも宴会も、開けなくなるし・・・ファ-ストフ-ド店も営業できんよ。 君達の国でもやめたらどう

しかし、日本人の中には外国人から 「だよ」 と言われるとすぐ信じてしまう人がいて 「割り箸は使いません。マイ箸を持って外出します」の人がと横行しました。 私は呆れました。呆れたついでに2年くらい真面目に割り箸を探索したことがあります。ちなみに、日本が消費する木材のうち 割り箸になるのは0.4%以下、紙になるのは37%でした

布のおむつで子育てした世代としては 「使い棄て」にはやや抵抗があります。が、便利な そんな商品が増えていくのは仕方がないかもしれません。*割り箸を使う理由も、書くことができますが長くなるので・・・

割り箸には憂慮する部分もありました。20数年前の状態ですが。日本で使っている割り箸の中で、日本産の木材を使って、日本で作っている made in Japan の割り箸は、約3割、7割が輸入品でした。理由は簡単。日本の木材は高く、箸の製造コストもが高い(結果的に割り箸の値段は輸入品の2~4倍)。 日本には木材が無い訳ではなく 放置されています。 勿体ない。
日本の森林を活用しないで、その分を外国から輸入して、木材大消費国になっています。エコだ自然だの日本ですが、経済優先では 外国人も日本を信用しません。


b0211627_11372487.jpg

b0211627_11381542.jpg

などと回想にふけっている間に、吉野駅。名物の 「柿の葉寿司」で軽く昼ご飯。 3回待って、ロ-プウェイで、山上に到着です。しかし、この人出はどうなん、 

b0211627_11393189.jpg

b0211627_11394780.jpg

b0211627_11403119.jpg

b0211627_1141752.jpg

柿の葉寿司、吉野葛、お土産屋を左右に見ながら 黒門を通って、進んでいくと、吉野の中核、金峰山寺の仁王門。 この階段を上がるのは遠慮して、お楽な平らな道を、左へと進みます

b0211627_1144511.jpg

b0211627_11441318.jpg

b0211627_11445412.jpg


上、中千本が見えてきました。 が、やっぱりちょっと遅かったか~  白は桜の花、赤っぽいのは花が散って葉桜になった山桜です。

b0211627_11461221.jpg

吉野は 回りが急傾斜の崖?坂になっている、台上に狭く拡がっている町です。

b0211627_11475559.jpg

b0211627_11475867.jpg

これが金峰山寺の本堂、蔵王堂。4月10日~12日は、ご本尊の蔵王権現に「桜が咲きました」を報告する大祭ということで、お参りの人+桜見物で で賑わっていました。 護摩壇で護摩が焚かれておりました。このお寺は役小角が7世紀に開いた 修験道の総本山。ということで吉野は、修験のお寺を中心にして発展した門前町です。

なお、餅播きもあり、連れ会いは1個拾いましたが、私はよそ見していたのでゼロ。 蔵王堂の横で、一休みしていると、長野高遠から団体バスでやってきた親切な、おばちゃんが、分けてくれました。なお、吉野通は?登山靴にザックの 山歩きスタイルで、下、中、上、奥千本を歩きで征服。偉い!!

b0211627_11513161.jpg

b0211627_11523086.jpg

b0211627_11533559.jpg

b0211627_1152455.jpg

人混みを縫って、さらに奥へと進みます。 老舗風の旅館の一角に、これが貼ってありました。俳句の長谷川櫂君も こここに来たか・・・

b0211627_11543643.jpg

広間からの眺めが良さそうな、木造4階建ての 「櫻花壇」。天皇のお宿だそうですが、文人の宿で有名で、谷崎潤一郎先生、吉川英治先生もお泊まりになったそうで。こんなお宿に泊まると、森羅万象もスラスラと文章が書けるでしょうか (-.-;)y-~~~

実は吉野に来るのは二度目。 20年以上前の10月初め? 京都に仕事で来た時、吉野経由で帰国したことがあります。ロ-プウェイを降りると 「バスが出るよ~ 次は2時間後だよ~」 の親切なバス会社のおじさんの声に 「そうかバスで行くのか!」 と 飛び乗ると山上の金峰神社に連れていかれました。 吉野は深山と思っていたのに、山口の山の方が山だぞ。 で、帰りのバスは?と聞くと 2時間後  それは聞いてなかったけど (-.-;)y-~~~ 背広に旅行鞄、革靴でテクテクトと6.5キロの山道を吉野駅まで降りました。 途中の水分神社で、山歩き姿の、私の父親くらいの物知りの方と出会い、あれこれ語りながら一緒に降りました。

ということで、本日 初めて吉野の町を見たのでした (-.-;)y-~~~ つづく


[PR]
by ab300211 | 2013-05-09 11:55 |