森羅万象

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1767 今日の山口

北日本は連日の大雪で大変です。が、今年の山口は意外と穏やかな冬です。今朝も冷え込みましたが、例年だと目まぐるしく天気が変わる山口市なのに、今日は一日青空でした。

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もう~っ ひなたぼっこの邪魔せんで~  (-_-)゜zzz・・・ 我が家のミラン君は写真嫌いです。

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市役所に行って、あんまり天気が良かったので、そのまま国道9号線を北に走ってみました。市内から40キロの徳佐は雪景色。合併があってここも市内なんですが・・・ここらは雪が多い所で、冬は難所です。

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この山の向こうが あと5分で 島根県の津和野です。 津和野になると雪が少なく、安心の道になります。気象は微妙ですね

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平日だったので観光客の姿は3人くらいの静かな津和野でした。の、今日1月31日でした。 

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by ab300211 | 2012-01-31 21:53

1765 再訪 麻生のツルウメモドキ

十数年ぶりに 山口市の隣の 防府市麻生にある クロガネモチとツルウメモドキ を見にいってみました。ええっと 車はどこに停めてたかな?の記憶も定かでなく・・・それでも山道をトコトコ行くと 


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なんだっ こりゃ~

この木を囲むようにあった竹林は切り払われ、竹林の後の山は削られて、そこには林道が造成され 日当たりよしの視界広々に・・・樹霊教の聖地の雰囲気は消滅していました。

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あの時の Nikon F2に 28mmをつけての写真です。この写真を撮るために3回も通いました。なぜ、こんな奇っ怪な様子をしているのかは こちらを ご覧下さい 

クロガネモチも それに巻き付いていたツルウメモドキも健在でしたが 、ツルウメモドキの形が変わっていました。


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なるほどね~ 地面近くで横に伸びていた幹が ドスンと地面に落ち たけれど 幹は折れることなく繋がっていました。木の生命力は大したものです。

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ツルウメモドキは 他の木によりかかるようにして育つ つる性の樹木で 赤い実がついた秋は 花瓶に生けられるお馴染みの樹木ですが・・・・麻生のこれの幹の太さは常識をこえる 直径約35cm。  なお、後のひょろっと高いクロガネモチは高さが約30m、 幹には フジに締められた跡がはっきり残っています。


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日当たりがさらによくなったせいか 太い幹からはクロガネモチの頂上近くまで枝が勢いよく伸びていました。 

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風を遮っていた 竹林も後の山も無くなってしまいましたが、クロガネモチとツルウメモモドキ 助けあってこれからも健やかに頑張って欲しいものです。



 
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by ab300211 | 2012-01-29 18:44 | 植物

1764 ぶらりカンボジア(7) 稲刈りの頃

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乾期の12月のカンボジアは 稲刈りの季節です。やや細めで 背が高く、鎌も違っていますね。 日本と違って根本から刈ってません。が、これでいいようです。 


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稲刈りは重労働。あっちの田んぼもこっちの田んぼも、昔の日本のように、助け合っての稲刈りです。


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村の広場には、一袋80キロの 米袋を積んだ、トラックが忙しく出入りしてました。 乗用車は日本の圧勝ですが、トラックは韓国製。


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「ああ 忙しい 忙しい」 の割にはノンビリ走る 農村のス-パ-カ-です。

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干上がる前の、田んぼの周りの 池のような水溜まりでは 魚採りで賑わっています。ま、水の国なので、 どこでも魚が捕れるんですけど


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稲刈りの終わった田んぼは牛の遊び場に。稲刈りが終わると隣のタイへ、出稼ぎに行く人が多いそうです。




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ほぼ同じ場所で写真を撮ってみました。 下は3年前の 雨期の終わりの10月初め。 やっぱり雨期の方が絵になるなぁ の感じです。が 稲刈りが終わった頃も また しみじみとした味わいがあります。 カンボジアは田んぼの本場だなぁ と 思うのです。


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by ab300211 | 2012-01-25 16:56 |

1763 山口、今日の雪景色

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庭のカンアヤメが3週間遅れくらいでやっと咲き始めました。地中海原産の 真冬に咲く、小さなアヤメです。今日の(1月24日)予報は時々雪でしたが、雪はたま~にチラつく程度で、青空からの日差しの庭では、毎年やってくるジョウビタキが控え目に遊んでいました。 の、時 外出から帰ってきた連れ合いが 「県庁前のパ-クロ-ドの木は真っ白だったよ」 へ~っ 散歩がてらに見てこよう

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県庁は我が家から東へ2キロくらいですが、県庁の後の山は真っ白に。三方が山に囲まれた複雑な地形の山口は、場所がちょっと違うと 天気が違うのは普通です。 パ-クロ-ドの雪はほとんど溶けていたので、定番の瑠璃光寺の五重の塔に 行ってみました。 

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今日はボタン雪だったので、地面の雪もすぐとけて・・・雪いっぱいの 雪景色風は難しいぞ~

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ちょっとごまかして こんな感じか~


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みんなが好きな 定番のこれで ごまかしとくかぁ~ の時


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「あの~っ カメラしてるとこ撮らせてもらえませんか~」  そうはいかんぞっ! 今夜のテレビのニュ-ス、カメラはこいつらですっ!


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せっかくなのでちょっと高い 山口が見下ろせる天花(てんげ)まで。天花は京都で言えば北山でしょうか? 今日の雪は気持ちくらいでしたが、年に、3度は たっぷり雪が積もって ここからの眺めが真っ白になることがあります。 五重の塔は右の山の裾にあり、大内氏の西の京の街は、その辺りから始まっていました。小さく見えるビル辺りが南蛮人も歩いていた中心地。西の京と名乗るのが恥ずかしい今の山口ですが・・・ 1551年の反乱で 西の京は燃え尽きましたが 燃える尽きるまで7日間もかかったそうです。から、当時は大した都会、西の京都であったようです。  夕方に 「今日の京都、北の山は雪景色です」と京都からメ-ルが届きました。


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by ab300211 | 2012-01-24 18:52

1762 長登銅山 採鉱跡地巡り

1月22日、日曜日、「秋吉台の自然に親しむ会」の今年最初の行事 「長登銅山 採鉱跡地巡り」が開催されました。あいにくの小雨でしたが20名が参加し、道なき道を、登ったり、下ったりの 「疲れたぞ」 コ-スでしたが、無事全員帰還し、めでたく終了しました。

長登は秋吉台の草原と繋がっている森林地帯にある、奈良朝時代には既に銅山があった場所で、長登は日本でも最も古い銅山のひとつです。当時は銅の採鉱と精錬は超ハイテク産業であり、そんな近代的な文化や技術は先進国の中国から入ってきたので、中国の隣にある山口県は、日本有数のハイテク産業地であったのは当然です(酒造りの杜氏の発祥の地は山口の日置と思われます)。なお、奈良東大寺の大仏は長登の銅で造られました。

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本日の講師と道案内は 長年に渡り 長登の発掘調査を行ってきた 現在は「長登銅山文化交流館」館長の池田善文氏と我が会の松井さんです。

小雨の中 「長登銅山文化交流館」を出発して すぐ着いたここら辺りは 鉛がたくさ採れた場所です。なお、鉱山は、銅山にしても、金山にしても、さまざまな鉱物があるのが、普通で、長登は主に銅を採掘しましたが、鉱石には銅の他 鉛やコバルトなども含まれています。

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鉛は特に好きでないので採集しませんでしたが、ふと見上げたら、クリの木に、 ヤママユの非常にきれいな繭がぶら下がっていました。

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それから坂道を登り、ここらは コバルトがたくさん採れた場所です。

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コバルトを含んだ鉱石で、ピンクに見えるのが酸化されたコバルトです。

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コバルト帯過ぎると、雨でぬかるんだ坂は一段ときつくなり・・・厚さ10cmの泥靴状態で、左右を見るゆとりはなく・・・・と、開けた道はここで終わり、あとは道無き急峻の森林に突入。二人に就いていくのがせいいっぱいで・・・本日の予定の エボシ抗や焼けの露頭 は 「はて そんな所を通った?」 「誰や?こんな所につれてきたのは!責任者出せ~」状態でありましたので、以下は場所は不明です。


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シイタケや可愛いキノコが生えていました。 長登は大きな銅の鉱脈はありませんが、奈良以降、昭和35年まで採掘がつづいた、非常に歴史が長い銅山で、森林帯の中に古い採掘抗跡がいくつもあります。なので、足元に転がっている石を見ると

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きれいでしょう!銅の化合物が入った いろんなタイプの孔雀石が転がっていました。 日本画の青~緑色の、「岩絵の具」の素です。 良質の絵の具を使うと鮮やかな絵になり、そんな絵は売れて、画家は金持ちになり。お金があるので良い岩絵の具が買える。という仕組みであり、狩野派が一流になったのは明らかに絵の具の勝利です。岩絵の具の値段は 金より高かったらしく、長登にも岩絵の具の職人が居たそうです。


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最後に寄った、明治40年~大正8年まで採掘された「大切堅坑跡」です。深さ90mまで掘ったそうです。


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やっと降りてきたぞ~! 正面の山の向こう辺りをウロウロして帰ってきました。この山にはいくつも坑道があり、散策路もあり、見学できます。 また、この山の麓辺りからは 奈良時代の木簡が発掘されています。が、まだ 「日本でこんな場所はない」ほど無数に埋まっています。 長登は個人的には福岡県の太宰府にも負けてないぞの 日本で第一級の、国宝的な場所ですが、調査が終わったのはほんんの一部、これからも、たくさんの発見が期待できます。

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出発点の交流館が見えてきました。交流館にもぜひお越し下さい。 池田さん、松井さん 案内ありがとうございました。ということで、10時~15時 22000歩の長登探索でした。




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解散後、交流館の後の溝を覗いたら アカガエルの卵塊が二個。 今日の朝早く産んだようでした。

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by ab300211 | 2012-01-23 00:32 | 風景

1761 ぶらりカンボジア(6)美人村から

お馴染みのビチェットさん(今回はプノンペンの南にある古都、タケオで仕事中で逢えませんでした)から 『面白い村があるから、どう』 との連絡があり、その村に行ってみました。

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その村はシェムリアップから東北へ約25分。まずは、タプロ-ムへ繋がる、完全舗装の道を、日本の 「イ-オン」 が建てた博物館を右手にみて しばらく走り、舗装道路から右折して赤土の田舎道へ

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標識もなく ここはどこ?村はどの方向?  あの~ アンチェン村は? 『 あっちだよ~』


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迷いながらも 村のちょっと外れにある、「スピッツラ-小学校」に無事到着しました。

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この学校は ビチェットさんの友人の ガイドの 「サリン」さんの熱意で建った私立の小学校です。サリンさんは居ましたが 写真撮りを忘れたので 画像は学校のパンフレットから拝借です。

サリンさんが生まれ育ったこの村は、内政時代にポルポト派に襲われ、壊されてしまいました。 子供達と親は引き離され、サリンさんの父親は結局殺されたそうです。 サリンさんはその後、独学で英語を学び 英語の観光ガイドになり成功しました。

サリンさんは 「自分の村に貢献したい 学校を建てたい」 の夢を持っていました。が、ある時、観光にやってきたアメリカ人の ダニ-とパムのスピッツラ-夫妻と出会いました。サリンの夢に感銘をうけた夫妻は、スピッツラー財団を設立し、寄付を集め、2005年に この小学校が建ちました。 サリンはガイドの傍らこの学校の事務長(副校長)として学校の運営にあたっています。 最初は2部屋だけの学校は、今は生徒数500の立派な小学校になりました。また、財団の援助で、村にカヤを配ったり(蚊に刺されるとデング熱になります)、不作の年をには食料の配給などもして 村を助けてもいます。なるほどね~


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上は事務室で、 下のカンボジア色の 赤い教室は何?


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週8時間の英語の授業中でした。英語ができると、例えば 収入が保証される 観光業に就くことができる からだそうです。 なほどね~


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「どちらから?」 「アメリカのイリノイ州から 年金暮らし人です」 「何でもまたこんな所に?」 「なこの国が好きなんよ。」 「家族は反対せんかった?」 「家族は居ない独身です」 なるほどねぇ  英語の先生はアメリカ。オ-ストラリア、マレ-シア・・・などから交代しながら、やってくるそうです。

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もう午後も遅く授業は終わりで・・・・教室はきれいに整理整頓されており

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あれ~ まだ 居たの~



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残業をしている先生が居ました。 「この学校? 楽しいですよ」 「先生も英語はしゃべれるっ?」 「少しだけは」 と流ちょうな英語が返ってきました。 額と鼻がとてもきれいな カンボジア美人~です。


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ちょっとだけ 学校前の通りを散策してみました。 くつろいどるねぇ そろそろ晩ご飯の支度じゃないの~

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村の青少年がバレ-ボ-ルをしていました(バレ-は流行らしく よくネットを見かけます)。なかなか上手いなぁと感心して見ていると・・・ ポイントごとにお金のやりとりが 賭バレ-ボ-ルか~ やるなぁ


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私は弟の子守よ~ 偉いっ よく似とるね~




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我が家は夕食の餌探しですっ



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誰かきた  薪拾いか~  アンチェン村は美人村です。  「あべさん そろそろ帰りますよ~」 「はいはい」


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帰り道で 来るときに「 赤い花が咲いてるなぁ」と気になった道端に 車を停めて貰いました。


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高さ20~15cmくらい  ハイビスカスの仲間のようですが 何の花でしょう? 点々と咲いていました。




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道端に花が咲いていたこの道は サリンさん達が 村のため、中学に通う子供のために 整備した道です。 中学生になったら財団は子供達に自転車を贈ります。そして、 町の中学校に この道を走って自転車通学するそうです。あと3年したら高校生。 学資を援助して ぜひ高校にも行って欲しいと サリンさん達は張り切っていました。という、美人村でした。
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by ab300211 | 2012-01-19 17:56 |

1760 ぶらりカンボジア(5)キリング・フィ-ルド

現実の人生は楽しいことばかりじゃないっ! それで充分。何を好きこのんで 辛い、悲しいことを見たり聞いたりせんといかんの。の卑怯者主義です。ですが、一度はと思って、首都プノンペンの住宅地にある、トゥ-ル・スレイン博物館を見学しました。

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元高校の校舎で、ポルポト時代(1975-1979)には反国家的と疑われた人達を収容していた S-21 Security Office  21 と呼ばれていた建物です。こんな収容所は、カンボジア全土にあり、最後は処刑されました。ポルポトの政策は中国の毛沢東に倣ったもので、国民を移動させる極端な下方運動もやっています。それに逆らう村は焼き払い、村民を撃ち殺す。ポルポト時代に、虐殺された人は2~300万人、難民となって国外に脱出した人も含めると、400万人以上とされていますが実体は不明・・・というよりは、全カンボジア国民は理不尽な目にあっています。 ポルポトの時代が終わっても、武力を政権争いは続き、国民が恐怖から解放され、何とか安心して暮らせるようになったのは1998年頃のはずです。

、強力なリ-ダ-シップを発揮する政治家がいると、ろくなことになりません。アメリカのケネディ、イギリスのサッチャ-、我が国の小泉君。彼らの共通点は 「勇ましいキャッチフレ-ズ」 「分かりやすいキャチフレ-ズ」 「物事を単純化して考える」 「社会のため 国民のため 」です。の結果、どの国もすっかり疲弊してしまいました。 

最近だと 東京の石原△、大阪の橋本△。 彼らをみていると、 「お国のため」 「非国民」 「お国のために死んでこい」の昭和10年代の日本が浮かんできます。 でも、彼らを選挙で選ぶ人がいるのにもっと驚きます。
たよりない政治家がウロウロしてる社会こそ健全な社会。です。強力政治家のもと 国民が一致協力して はろくなことになりません。というのは、歴史的事実です。



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一階の尋問室です。 このベッドで拷問にあって殺されるは普通だったそうです。この日、見学してるのは外国人だけのようでした。当時を知っている年配の人は「気分が悪くなる」ので絶対ここには来ないそうです。しかし、今の子供達はポルポト時代の事を全く知らないそうで、学校でも教えてないそうです。が、そう言えば、日本の学校でも戦争ことは10分分ぐらいしか教えていません。 教科書に日本軍が何をしたか を書いたら、国会に呼び出されひどい目にあいます。それに、「広島」「長崎」「特攻隊の基地」を記念する建物はあっても それは被害者としての視点から。 日本軍や日本人はアジアでは何をしたか の加害者としての日本を記録する記念館はあるんでしょうか。から。カンボジアは偉いっ! 私が旅した東南アジアの国々はみんな日本軍が占領した国々で・・・・そうは見えないかもしれませんが、私は 頭を低くしながら旅をしています。


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拷問室、拷問道具、発掘された遺骨も展示されていました。 が、収容されてい人の写真が展示されていました。 これだけは撮っておこうと、また、引き返し少しだけ写真を撮りました。


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ここでの収容期間は2~7ヶ月。 結局最後は 大人も子供も 郊外にある キリング・フィ-ルドで処刑されました。


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全部で2万人が収容され、生き残ったのは6人だけ。にこやかに話しているこの人が、その一人です。 や~っと手を振ったら や~と手を振ってくれ やっと普通に戻れたような気がしました。 構内には白いプルメリアの花がいっぱい落ちていました。


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by ab300211 | 2012-01-16 17:48

佐々木経二日本画展

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京都・日本画壇の精鋭、佐々木経氏による新作展を開催致します。秋吉台で取材した花など、四季折々に咲く野の花を中心に、花の姿に、生命の尊さ、美しさを重ね描いた魅力溢れる作品をご観覧下さい。



日時 1月19日(木)~29日(日) 10:30-18:00
場所 アトリエ セレ-ノ 電話 083-923-4141
山口市湯田 JR湯田温泉駅徒歩2分



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今夜は ここや ここや ご馳走になります~


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夏の京都はハモやね~ 頂きます



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京都の飲みの閉めはスウイ-ツやで~  美味いけど ほんとか~



と言うことで、佐々木経二氏の日本画展が山口であります。19日、20日、21日、22日、28日、29日には会場に。運筆画実演が見られます。極めて男前ですが、至って気さくな性格で、話し好き。ぜひ、おこし下さい。現在小倉で個展中、終わり次第、山口へ。山口の後は京都で展覧会。儲かっとるなぁ 


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by ab300211 | 2012-01-15 18:52 | 風景

1759 アジサイ村から

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『あれがこれで それがそうで・・・』 『ヒソヒソがボソボソで』



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『ひゃ~知らなかった~』 『一億円当たったんですか~』


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『こちらがキャナ-ル・ソヴァ-ジュと申しまして』 『ま、最初にソテしましてポワ-レまして・・』


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と、勝手に講釈を始めるのである。「いいからあっちへ行ってて下さいよ!」と叫びたくなる。「よいサ-ビス」というもは能書きや「暖かい人間関係のオマケをつけることではあるまい - 山口文憲著 「空腹の王子」 より。

その通り、三谷幸喜のように自分の仕事に解説をつけるのは男らしくない! 離婚されて当たり前。 この本 「空腹の王子」の作者は外食まっしぐらの山口文憲 ひねた文章と思ったら 関川夏央や沢木耕太郎の仲間でした。 みんな嫁が居ない書き手ですよね。やれやれ


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わたしは婿がいませ~ん



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オンナはちょと太目が魅力的よね~



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男がそう言ってるのになぜダイエットするんでしょうかね~ よし次はダエット食品だぁ と買い物がしたいからじゃないの~




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『儲かってますかぁ』 『ボチボチでんなぁ』




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出たぞ~



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きゃ~っ!!


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きゃ~



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この村にもコンビニありますか~



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社長こんな安易な企画でいいんですか~ せめてコピ-ライタ-くらい雇ったら いい人居ますよ 予算がないからねぇ  



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by ab300211 | 2012-01-12 18:05 | 植物

1757 ぶらり京都

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1月5日から 子供達が居る京都に行ってきました。追随を許さない、日本一田舎の県庁所在地 の山口市ですが、意外と交通の便はよく

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「のぞみ」に乗るとあっという間の2時間ほどで、京都に到着します。 今回はどこを見るかな?でしたが

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まだ松の内、「伏見稲荷は大変だよ~」というアドバイスもあったので 平安神宮に行ってみました。なかなか門は立派~

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明治時代にあった博覧会会場が その後平安神宮に変身しましたが・・・平安時代の役所を模して作った建物で・・・昔の仕事場はカラフル~


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ついでに得意の八坂神社も見ておこう。 こちらは境内も狭く 便利な場所にあり、庶民で賑わっておりました。

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賑わいの本殿を参拝して、あれこれの神様の社がある裏手の方へ回ってみると 女性ばかりが参拝している神様がおられ


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なるほどね~ 商売繁盛の八坂神社  さすがやね 商売上手~


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この門の辺りからの眺めが好きです。門の前は四条の大通り 河原町までユルユルと歩いて、ニシン蕎麦でも食べとこ。


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今日の四条の橋の上


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鴨川の水は一年中美しく



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昨日は神様に挨拶したから今日は 仏様のところへ で西本願寺へ

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桃山時代の唐門です。絢爛豪華とはこのことです。日暮らしの門という名前も納得です。


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阿弥陀堂や本堂は大きすぎてカメラに収まりきらず写真なし・・・・御影堂への渡り廊下もありがたく・・・この16日は親鸞聖人の750年の法要があり、全国から集まる門徒のための準備も終り 塵一つ落ちてない西本願寺でした。という京都でした。





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祇園 「一力」の門松

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by ab300211 | 2012-01-10 14:40 |