森羅万象

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1754 ぶらりカンボジア(3)プレイ・トム村にて

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水と緑の雨期に比べ、稲刈りも終わって、ちょっと寂しい田んぼを見ながら


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町の学校へ向かう自転車の中学生を追い越して、赤土道を行くと村に到着。カンボジアの田舎の村をゆっくり見るのは初めてです \(^o^)/

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ココヤシがあるなぁ ココヤシがあると家がある 遠くからココヤシが見えると人が住んでる!と分かるのが東南アジアです。

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高床が住居 中床が穀物を入れる倉庫 平屋は台所とダイニング? のようです。 本格木造、瓦の家は一軒だけ、大抵の家はヤシの葉かトタンの屋根。 高床の下は道具置き場 と 牛が帰ってくると牛の住居になるはずですが、牛は餌食べに出かけて不在でした。 魚採りの竹籠もありました。

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おっ クワズイモ 家の周りには大きな水瓶があって 水には苦労している様子 洗濯物の乾し方がダイイナミック~  それにしても人がおらんなぁ~

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と 50mくらい歩いて やっと人が居た~! 膝から下が 地雷で 吹き飛ばされたけど、それでも元気な爺ちゃんに出会いました。 

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おっと 人が来た~ 歩き方がダイナミックやね~

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「おばちゃん儲かっとる~」 「あんたらも買っていかんかね」 衣料品を売ってました。

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ここが村の中心地  この小屋がサロンちゅうことや  なるほどねぇ

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犬はのんびりと昼寝 シャモはわがままに歩き回り  カンボジアの犬はスリムな中型犬で どこでも普通にいます。穏やかで吠えられた事はありません。 の時 「あべさん 猫が居ますよっ!」



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犬は普通にいるのに猫は見かけない 穀物倉庫の番をしてくれるから村には猫がいるんでしょうか? 『うるさい奴っ 昼寝の邪魔するお前は誰か~』

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あれっ 何かある?


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なるほど 人が来たか~  巻きスカ-ト(シン)は田舎の標準ファッションです 頭のクロマ-が渋いっ 本場は違うなぁ

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庭でモミ乾しが・・・・


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うちの庭を眺めてるのは誰っ!! どんなんかな~とモミを眺めてたんです。 な~んだ ユックリ見ていいよ 二人でしゃがみこみ  「カンボジアの稲は穂が細長く 粒も細長いでしよ 」 日本の米はずんぐり丸です。 「これ赤米なんよ。」 日本語とクメ-ル語だったので、たぶんそんな内容で

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米作り辺境の地の日本では 「古代米」 とか言って騒いでいますが、タイ北部、ラオスやカンボジアでは赤米や黒米は普通に見かけます。 日本米は美味く・・・と言う人も居ますがそれは偏見です。味が違うだけ。
「もって帰る?」  お土産に一つかみ貰いました ありがとう。 未知の土地の自然を見るのが好きですが、そんな自然の中での暮らしを見るのも好きです。


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帰る頃には怪しい日本人見物の子供達も現れて・・・「なんにもなかったじゃろ~?」 「それがいいんです」
爺ちゃんありがとう 元気で暮らして下さい。




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by ab300211 | 2011-12-28 22:07

1753 ぶらりカンボジア(2)ひろびろ湿原

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シェムリアップから、舗装も新たな国道6号線を 時速90キロでほぼ西へ約1時間走り、プリア・ネット・プリアから右折して国道58号線(???)を北上。

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車窓からの田園風景を(カンボジアの場合,郊外は100%田園風景なんですが・・・)眺めながらさらに50分


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村のような町、チョン・カルに着きました。シェムリアップから北西に約120キロ地点。ちょっと前までは58号線が悪路で4時間かかったそうですが、今は2時間足らず、ありがたいことです。なお、チョン・カルがある○○県(メモし忘れました (-_-)゜zzz・・・)の隣はもうタイです。

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田舎でも 子供は自転車時代になったようです。なお、小さな祠のようなものは、日本で言えば 地の神様、道祖神のようなものです。カンボジアだけでなく、ラオス、タイ の街角、家の前で普通に見かます。



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お昼の時間になったのでどこかで食事を・・・ここしかなく、勇気を出してここにしました。トタン屋根と緑のテントが食堂となっていますが、足元はゴミだらけで、ニワトリも走り回る 内部写真は食欲がなくなるので控えさせて頂きます。

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ご飯と汁ものは薪で、湯沸かし、焼きは七輪で。卵焼きと、ブタと鶏の焼きがあり、なかなか美味しそうで。

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コ-ラを頼んだら冷えたのが無くて、近くの店までお使いに行ってくれました。ありがとう。物憂い感じの美人さん、このうちの娘さんでしょうか?



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日本で買えるものは全て揃っている町よりも、こんな風景がある田舎がいいなぁ と 道風景を眺めている間にご飯が完成しました。

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おお美味そう~ ブタの焼きに卵焼き、ごはんは赤米でした。さっそくスプ-ンをテ-ブルに置いてあるティッシュで拭き拭きして( 卓上にある皿、コップ、スプ-ンその他の食器は、食前に拭き拭きするのがカンボジアやラオスのテ-ブルマナ-、基本です)。  漬け物のような生野菜はやめておきましたが、大変結構なお味で、他の二人は控え目でした、わたしは完食しました。不器用でよくご飯をこぼすんですが、ごぼしたご飯はニワトリが片づけてくれた、エコな食堂で感激しました。  食事のあとは今日の最終目的地、プレイ・トム村へ向かいます。



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車がやっと通れる赤土の道を走っていくと 水門がある堤防の上の道に出ました。 目の前には広々とした湿原が拡がっていました。きれい~

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堤防の下の水溜まりでは青年達が魚採りをしていました。




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向こう岸がやっと見える、大きな湿原で、 遠くには、サギ類ほかの鳥もいっぱい見えて、自然公園にしたいような湿原風景でした。




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開けた水面にはアカバナヒツジグサというスイレンが咲いていました。堤防に立っていたおじさんの自転車を もう一度見ると、アカバナヒツジグサが積んでありました。魚採りでなくスイレン採りをしていたのか~ \(^o^)/  アカバナヒツジグサの茎はどこの市場にも並んでいて、人気の食材のようです。わたしも気がつかにうちに食べていたかもしれません。地図にも載ってないこんなきれいな湿原があるカンボジアは良い国です。 『アベさんきれいですね 満足しました? そろそろ行きますか 』 『 はい はい 』



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by ab300211 | 2011-12-26 20:50

1752 雪 積もる

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12月25日 日曜日、朝起きると雪が積もっていました。フワフワの軽い雪で7cmくらい


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お宮の森ではふんわりと


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小田のおばあちゃんの田んぼは 真っ白に


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ゴルフ場から見下ろすと 町内の屋根も真っ白に 


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雪でゴルフ場は休みだったので 不法侵入してみました。イノシシ除けの電気柵もよっこらしよっ と乗り越えて・・・・山がちで坂が多いこのゴルフ場、ゴルフは大変ということですが、スキ-はできそうで・・・・一度大雪の時 こっそりスキ-したことがあります。 明日の天気予報は晴れ 雪マ-クなしの最高気温3度です。


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by ab300211 | 2011-12-25 17:44 | 風景

1750 上田豊 著 『未踏の南極ド-ムを探る』

晴天の東京・晴海埠頭。1984年11月14日。第26次南極観測隊を乗せた「しらせ」のスクリュ-が回りはじめる。船がゆっくり動きだした。甲板から見下ろす見送りの群れの中、老いた両親は悲壮な顔。小学1年の娘は最前列で泣いている。「しらせ」と岸壁の間を黒く汚れた水面が分け、みるみる残酷に開いていく。これから一年と4ケ月、遠く離れて暮らすのだ。紙テ-プは散って流れ、人々の表情や、誰がどこにいるのかも、すぐに分からなくなった。青空のもと、白っぽいビル群を背景に、見送りの人垣が岸壁に沿って横に長く連なっている。人垣の長い帯は、黒く広がる水面のむこうに遠ざかっていった。
 ちょうど1年前、あの岸壁で南極越冬に向かう友人の出航を見送った。次の隊でわたしが行くという踏ん切りは、まだ完全にはついていなかった。人垣が解けたあとの埠頭に、友人の妻子が肩を落として立っていた。1年後のわが身におきかえると、つらかった。そして、とうとう、自分の番がきたのだ。


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カンボジアから帰った翌翌日の12月20日昼、郵便箱を見ると本が届いていました。「南極の石」で紹介したAさん、上田豊(あげた)さんの 第26次南極観測隊での内陸調査旅行の記録でした。夕方までかかって一気に読んで、改めて感動しました。簡潔な文、叙事的なことがらを並べて、それでいて叙情的、これぞ名文です。何よりも内容が素晴らしく・・・ぜひ、お近くの書店で。または、ネットで出版社の「成山堂書店」 http://www.seizando.co.jp/article/14201880.html からご購入下さい。

沈んでいく太陽が、海面の輝きを銀色から金色に変える。バリ島のアグン山が、暗雲の上に頭を見せる。やがて雲は減り、空も金色に染まってきた。空の輝きは水平線あたりで最高潮に達する。夕陽は水平線に浸みこむように、あかね色をにじませて没した。
 甲板でこんなに長時間、外の風にあたったのは久びさだった。その夜、川口貞男隊長に呼ばれる。福西副隊長も深刻な表情で同席している。2人とも南極観測を推進する国立極地研究所の研究者で、隊長は観測隊参加7回目の大ベテラン、副隊長もわたしと同じ年ながら4回目のベテランである。
 隊長が口を開く。いま南極では25次隊から東ク計画の調査隊が内陸に向かっているが、みずほ基地にいる隊員が雪上車事故で、重傷を負い、急いで治療せねばならない。越冬隊の医師は、いま昭和基地と内陸隊に1人ずつだが、内陸隊同行医師の専門が、今回の治療に向いている。そこで前進中の内陸隊を呼び戻した場合、雪氷調査の年次計画について、今後の見通しはどうか。26次隊・内陸雪氷責任者のわたしの考えをききたいという。
 いま内陸調査隊はかれらの越冬の最大の目標ともいえる未踏の氷床ド-ム探査に、張り切って向かっているはずだ。そこには位置も高さも未知の、南極第2の高さをもつド-ム頂上がある。一連の観測のうえに、その頂上を探り出すという目標を、かれらは持っている。しかし、わたしたち26次隊も同じ地域に向かうので、肩代わりできないことではない。わたしはじっと考え、答えた。「ド-ム探査は26次隊でもやれます」複雑で重い気持ちだった。これは、25次隊の友人たちに、計画を中途で断念させることにつながろう。わたしたちが背負う責任もいっそう重くなる。
 4日後の夜、川口隊長が昭和基地と電話で交信した結果を伝えてくれた。25次隊は2日まえに南緯75度で前進を打ち切り、往路を戻りはじめたとのこと。これで、ド-ム頂上探しという大課題が、わたしたちに託されることになった。先日のわたしの答えがどう影響したのか、いきさつは分からない。魅力にとんだ課題だけに、25次内陸隊がかわいそうに思う。順調に目標に向かっていたのに、早々とその入口で引き返すことになったのだ。
 ヒマラヤの未踏峰と南極の未踏地にあこがれて、わたしは京大の山岳部にはいった。そんな所に行けるのは夢のように思っていたが、幸いにもヒマラヤは学部生、南極は大学院生の時に実現していた。その後、ヒマラヤの氷河調査を主眼にしていたわたしは、1980年代になって外国人に門戸が開かれたばかりの中国奥地・チベット高原に最大の魅力を感じていた。このような時に南極に再び行くのなら、魅力のある未踏の地にトレ-スをつけたかった。南極で今回の調査に予定されている地域にも、未踏地はある。だがル-チン的に空白域を埋めていくもので胸が熱くなるような魅力はなかった。
そんなこともあって、わたしは去年この26次隊への参加を渋っていた。だが、結局は、ヒマラヤ氷河研究の強力リ-ダ-でもあった渡部興亜さんの熱心な説得に応じた。


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11月28日フリマントルに入港。家族からの手紙が届く。今日はちょうど6歳の誕生日となる末娘は、こう書いていた。「・・・こおらないでね。おとうさんがこおったらわたしわないてしまいます」 また妻の手紙に、小学1年の次女が書いた作文のことがあった。「せんたくものかたづけ」と題して「もう、おとうさんのせんたくものは、1つもありませんでした


遠くの山々を背景に、神山・藤井が並んだ写真を撮る。いつもはしないのだが、わたしの写真も撮ってもらう。風は弱い。雲の下、地平線の上には、うっすら晴れ間も見える。時どき陽がさしている。
周りには、セ-ルロンダ-ネ全域の山々が広がっていた。山脈東端からあすか基地まで、走ってきたル-トが全て見える。ペルテカカは他の山の後で見えない。みずほ基地での生活など、色々なことの終点がここにあることを少し考える。だが、なかなか一つにつながらない。けれど、長かった内陸行動の、幸せなピリオドに違いなかった。(1986年2月7日の内容より)


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では上田さんの秘密得意技を紹介してみましょう
(1)整理整頓魔です。が得意です。
机の上を見るとペンが同じ向きで並んでいます。「ペンは必ず3本ね。メモ用紙は右隅ね」という風に。片づけが趣味なん? 違うよ! 例えば山でテントで寝てる時 すぐ逃げ出す事件がおこるとするよね。寝る前に 靴はここ、手袋は右横と ちゃんと整理しておけは 暗闇でも すぐ靴を履き、すぐ手袋をつけることができ助かるよね。ほ~ 登山家はみんな片づけ好きか~! 違うね~ 人それぞれ  ぼくはちらかってると気になって 気になって (-_-)゜zzz・・・ 損な性格なんよ  (-_-)゜zzz・・・
本を読んでいくと 「南極ても損な性格を発揮しているなぁ」 というところがありました。だから、無事帰ってこれたんですけどね。


(2)記録魔ですが得意です。
例えばバスに一緒に乗ると 時々 フィ-ルド・ノ-トに何か書き込んでいます。A街からB街までバスで1時間15分という風に。メモ好きなん? 違うよ 次回の準備。人間の記憶はあやふや。A山のB岩からC岩まで25分かかる。ちゃんと記録しておかないと・・・人間は記憶があやふやだから、15分だったはずと思いこんで行動すると遭難するかもしれんからね。 なるほどね~ わたしもフィ-ルド・ノ-トを買いました。


本のお礼メ-ルを出しました。すぐ返信があり・・・・HP森羅万象の事は秘密にしていたのに、前から知っていて、もうこのペ-ジも見ていました。このペ-ジも笑って?許してくれました。 ただ 整理整頓の「魔」が異常者と思われるかもしれんと心配していました。 から、さっそく訂正しました。整理整頓は きれいにするのが目的でなく 必要な物が必要な時にすぐ取り出せる からで、わたしもずっとそう思っています。また、出来事を記録するのもいつか役立つことです。上田さんを見習って 実行に努めています。が、言うは易し・・・です。みなさんもぜひ頑張って下さい。隊員達はよく音楽を聞きながら、雪上車を走らせています(雪原は平らに見えますが、デコボコの場所が多く、調子がよくて一日40キロ程度、雪原の状態が悪いと一日10キロも進めないこともあります)。上田さんがどんな音楽を聴いていたかは本を読むと分かりますが・・・・新しい得意技を開発したようです。

(3)ボクはチェロが弾けます
この本の原稿を仕上げてから練習を始め、弾けるようになったそうです。


この本の執筆にあたり、4半世紀を経ようという昔話を、「今さら」書くのか、書けるのか?という気持ちもあった。しかし、越冬当時に書きためた日記はB5版の大学ノ-ト7冊、全部で500ペ-ジほどある。いつか本を書く気になればと出発前から決め、疲れた晩には体にむちうち、内陸旅行中は凍えた指をさすりながら書いてきた。帰国してからは、いくら年月が過ぎ去っても、この日記を生かせられないはずはない、と思いつづけてきた。書きしるしただけで風化するにまかせず、自分の意識のなかに、まとまりをつけ定着させておきたかった。
 日本で当時までに出版された南極関係の本の中に、研究者の目で、内陸で越冬した1年を書いた紀行は無く、南極観測が始まって50年を越えた今も無い。わたしたちが日本を出てから、内陸旅行に思いがけない計画も加わった。わたしたちが探してみつけた「ド-ムふじ」は、いま深層掘削によって環境変動の研究で、世界の注目を集めるようになった。ただそれでも、わたしの前著、ヒマラヤ初登頂記 「残照のヤルン・カン」(中公新書、1979)の垂直方向に凝縮した生死にかかわる行動に比べれば、南極での1年を越える行動は、水平方向に発散するような、単純で退屈な記録になるかもしれない。
 しかし、最近まで、一般に南極といえば極寒、ペンギン、オ-ロラ、そしてタロ・ジロの世界でとどまってきた。この26次隊の内陸行動でも、報道されたのは、みずほ基地で日本隊にとって過去最低の気温が記録されたという1件のみだった。低温は「自然」の現象だから、隊員の努力や苦労とは無関係に生じることだ。ところが、そんな厳しい場所で、「人間」が何をどんな気持ちで為しているかが知られる機会は、ほとんどなかった。その事実をあとに残そう。これが、「今さら」と思われようと、書く意志を保てた理由だ。


この「あとがき」の部分を読んで、上田さんの気持ちが痛いほどよく分かりました。やっぱり上田さんは素晴らしい人だ!なお 「残照のヤルン・カン」も山岳紀行本としては名作、傑作です。これほど素晴らしい山の本を読んだことはありません。




わたしの弟 阿部幹雄も南極観測隊に三回連続して参加しています。本を出そうとしていますが、出版界では「南極の本は当たらない」というジンクスがあって、大手の出版社にはその気がなく難航しています。出せるといいんですが。上田さんも苦労したようです。 弟も山の本は何冊か書いています。この際、兄弟のよしみで紹介してみます。

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1981年、北海道山岳連盟隊はミニャ・コンガに挑むが、八人が遭難。弟は仲間の滑落を目の当たりにしながら、登頂班先行グル-プの中で、一人生き残る。その後、遺体捜索や慰霊のためこの山を何度か訪れてもいる。これらも含め、以後15年にわたって 心の軌跡も描いた山の記録です。なお、1981年に親を失った遺族、当時は子供だった4人が大人になった時、彼らを連れ、自分たちの親が亡くなった地点がみえる場所、この山の麓まで、1981年の登山に参加した心あるメンバ-とともに 案内する旅もしています。この旅はNHKがドキュメンタリ-として一時間の作品にし、放映されました。兄としても心が重い番組でした。1981年の遭難の際には上田さんにもお世話になりました。

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by ab300211 | 2011-12-20 22:23

1749 冬のスミレ・ロ-ド

自然愛好家のHPやグログを見ていると 「季節外れに花が咲いていました。異常です。日本はどうなってるんでしょうか・・・・」 式の記事がよくあります。 異常じゃ無い! 普通だ! 季節はあくまで春夏秋冬の目安。 春の花は特にひどく、例えば、タンポポやホトケノザなどは、真夏をのぞいて、一年中町内のどこかで咲いています。 ダラダラ咲く花は意外と多いものですが、一方では、ドングリのようにあっという間に咲き終わるものもあります。 自然はいろいろあって、みんな違うから面白いのです。

季節外れという言葉 文学的には正しくても自然的にはやや抵抗が。せめて、早咲きとか遅咲きとかに。 年収が1千万円、身長が170cm以上ないと 外れ男 と呼ぶようなものです。背が高い人も居れば 痩せもいる 色黒もいれば 俊足の人もいる。それが自然というものです。


町内には、スミレ・ロ-ドがいくつかありますが、11月が暖かだったせいか もう完成していました。

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左側の歩道の内側、車がびゅんびゅん走る、車道に一列に並んでいます。

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みんなスミレ。 町内にはアリアケスミレ・ロ-ドもありますが、そこは準備中でした。

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種もありましたが、芥子粒のような種が、土がない舗装に落ちて発芽し、根を伸ばし 、育っていく。水は雨が降った時だけ。窒素、リン酸、カリ その他の栄養はどうしてるんでしょうか? 生き物はタフです。 なお こんなアングルの写真撮りは危険 顔の前を車が走っていきますので 手だけ出して撮りましょう。


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by ab300211 | 2011-12-07 17:36 | 植物

1748 ちょっとカンボジアの旅(30)コンチネンタル・サイゴン

カンボジアからの帰り道、ホ-チミンに途中下車して、ホ-チミンではクラシック・ホテルとして有名な、「コンチネンタル・サイゴン」に泊まってみました。 


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コンチネンタル・サイゴンは、ホ-チミンの繁華街のドンコイ通りのほぼ真ん中辺りの、市民ホ-ル(元オペラ座・国会議事堂 下の写真右端にちょっとだけ写ってる建物)のすぐ隣りです。1880年創業のホテルには「ラファイエット・レスラン」などもあり、かつては社交の場として賑わったようです。が、近代的設備の巨大ホテルが主流の現在では、やや時代遅れに。室数はたったの83です。が、そんなホテルが好きです。

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ここで写真を撮っていたら、隣で「ビュ-ティフルなホテルやね~」とカメラしてるおばちゃんが居ました。どちらから? オ-ストラリアから あの4階に泊まっておりますですよ。ええなぁ~  フランス風の外観が優しい建物です。 なお、イギリスの作家グレアム・グリ-ンもこのホテルに滞在し、「静かなるアメリカ人」という本を書いています。その部屋は3階の角部屋214号室です(写真正面の部屋)。ベトナム戦争時代にはこのホテルに報道陣を集めて政府の記者会見が。あの、開高健も来たでしょうか。来たはずです。


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部屋は広すぎるくらい広々、天井は高く、書き物用のテ-ブルもあり、タンスは木製 内装も木。 

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夕べは深夜の12時過ぎにホテルに到着だったので・・・廊下はこんな風になっていたか 右側下に中庭が見えました。  朝ご飯を食べに一階まで ゆるゆると降りてみました。

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一階のロビ-です。右端がカウンタ-。対応は暖かく親切であり。だからクラッシク・ホテルが好きなんです。



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立派なダイニングル-ム、ここで朝ご飯は感激です。 朝ご飯付きで、ふたりで一泊6500円。日本のホテルは高すぎです。 コ-ヒ-は中庭のオ-プンカフェで頂きました。

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このホテルに泊まったのは、テレビの旅番組で見た、中庭にある3本のプルメリアの木を 自分の目で見たかったからです。


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この3本のプルメリアはホテル創業の1880年に植えられ、それ以来ずっとホテルを見守ったきた木です。梢は三階まで伸びていて、3本とも白いプルメリア。 静かな安らぎの 絵になる空間でした。




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時代遅れになったとは言え、さすがコンチネンタル・サイゴン TVチ-ムが2組も何かやっていました。

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夕方ホテルに帰ってくると一階ロビ-が賑わって、中庭は結婚式の会場になっていました。




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それからホテルで一休みして深夜便で福岡へ。台湾辺りで夜明けになり、高度一万mの空は美しく 旅の終わりの安堵と寂しさが漂ってくる瞬間です。 やれやれ と言うことで旅の報告を終わります。
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by ab300211 | 2011-12-03 22:55 |