森羅万象

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1720 ひょうたん、コテカ

向こう三軒両隣の 物腰柔らかのAさんは、腰に差した刀の切れ味もよく、社会人として頂点を極めたのも納得の 「できる」 人です。今は悠々自適生活のAさんが町内の広報委員になって、時々発行される「町内便り」が面白くなってきました。最近も、朝日新聞がAさんが作った記事を丸ごとぱくっていました。

8月の町内探索のところに楽しい話題が。 これははどこだ? 散歩中によく出会うので 「あれ どこのお宅の庭ですか?」 と聞けばすむことですが・・・・やっぱり自力で発見してみよう。
との決意からかなり時間が経ち、決意もぼやけてきた頃、何気なくやっと見つけました。



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これです。楽しいなぁ 我が社も そこらの発見を心がけないかん なぁと社員に訓辞したとこです。



ひょうたんは アフリカ原産で、人類最古の栽培植物。食料に、食器に お役立ちのひょうたんは、品種改良を重ねながら、世界に拡がった。と考えられています。さて、わたくし、恥ずかしながら、究極のひょうたんを持っています。

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1998年に元祖゙バック・パッカ-だったHさんとインドネシアを旅しました。1998年のインドネシアはスハルト政権が崩壊し、騒然・不安状態。首都ジャカルタではデモ警戒の警察や軍人が機関銃を持って街角に立ち、焼き討ちにあった商店街も見ました。観光客は全然おらんね~ 商社マンは帰国しているらしいよ。 のなか、行き先は暴動も怖いけどマラリアが怖いねぇ の ボルネオ島、セラウェシ島、イリアンジャヤというかパプアニュギニアの3島。

私は仕事の都合でボルネオ島、セラウェシ島で帰国、Hさんは3島を制覇しました。が、負けず嫌いで弱音を絶対はかない楽天主義のHさんから 先に帰国したわたしに、電話がかかってきました。「おっ 珍しいね 電話とか 元気?」 「あまり元気ない(-_-)゜zzz・・・ ここ3、4人に一人はマラリアだし 食堂の飯が不味い  焼きめし、焼きそば 鳥のから揚げ の繰り返し・・・・椰子油も鼻についてきて 食欲ないわ」 「元気だして 頑張って~」 相当辛かったようです。 

普通パプアニュ-ギニアと呼ばれている島は、かつては、イギリス、オランダ、ドイツが分割して占領していた植民地。二つの戦争のあと、東半分は、パプアニュ-ギニアになり、西半分はスカルノが軍隊を派遣して占領し 「イリアンジャヤ」としてインドネシア領に。もともと住んでいた人達を無視しての、今も植民地のような島です(オ-ストラリアとインオドネシアの)。島と呼ばれていますが、広さは日本の3倍、世界で二番目に大きな島です。

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二人で行ったボルネオ島も 忘れられない旅、思い出の島です。ボルネオも日本の約2倍もあって世界第四位の大きな島です。 北の方にマレ-シア領、ブルネイ王国があり、それ以外はインドネシア領土で、カリマンタンと呼ばれています。 ボルネオへはパック旅行も出ていますが、それは北の方のマレ-シア領で、ゴルフ場つきリゾ-ト・ホテルもあり、トレッキングもありで、TV番組で見るのはこちら。が、カリマンタンは途方にくれるような場所、熱帯雨林に覆われています。自慢になりますが、未だ、カリマンタンに行った人に会ったことはありません。

マルタプラからサマリンダまで途方にくれながらバス旅行もしました。赤道はサマリンダのすぐ北、時間が無く、見逃しました。 


さて、イリアンジャヤにも行ったHさんが お土産に買ってきくれたのが・・・・究極のひょうたん コテカ。

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これです。長くて、大型は旅行鞄の中で壊れそうだからと 20cmくらいのお土産用です。が、作りは本物です。

「ワメナに行ったら、短パンTシャツと同じくらい、コテカ装備の人が普通におった」 「実用品は真っ直ぐだけど 極楽鳥の羽で飾り立てたやつとか こった形の おしゃれ用とか儀式用もあったぞ」 「先の方を細工して 小銭入れも付いたコテカも 」 「(-_-)゜zzz・・・」 「(-.-;)y-~~~」 という 私の宝箱に隠してある秘宝 コテカの紹介を終わります。



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by ab300211 | 2011-09-26 18:15 | 植物

1718 外海(そとめ) 遠藤周作文学館

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有明海、天草灘、島原湾、大村湾、東シナ海・・・平戸のあたりは日本海、長崎は海に恵まれたところです。
「今日は外海へ行きましょう」 とS夫妻。長崎市から北西の西彼杵へ向かって ゆるゆる走って40分、外海(そとめ)に到着です。


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輝く美しさ! なんちゅう きれいな海なんじゃ! 


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この蒼い海を見下ろす一角に、遠藤周作文学館がありました。

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遠藤周作はまだ 文学 が輝いていた時代の作家。けど東京生まれ、なんで長崎の外海に文学館が? 
彼は、キリスト教、その信仰や人々、また、原罪を深く追求した作家。外海はキリシタンの受難を描いた作品 「沈黙」 の舞台であり。また、、長崎そのものが キリシタンゆかりの地、また たくさんの教会がある信仰の地。確かにここは、遠藤周作の作品と深い繋がりがある、ふさわしい場所かもしれません。

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駐車場から見える東出津の集落にも教会がありました。しかし、なんちゅうきれいな場所なんじゃ!と、一同感激。S夫妻はこの海ぞいを、よくドライブをするそうです。ええなぁ~

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「海と毒薬」 「沈黙」 「死海のほとり」・・・など いくつかは読みましたが、彼の作品はあまりにも息苦しく。の、一方では北杜夫「どくとるマンボウ」との果てしなき闘いの「狐狸庵」先生ぐうたらエッセイもあり、なかなか興味深い作家であり  ・・・

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重い内容にも関わらず、意外にも映画や舞台にもなった作品が多く・・・

わたしは、大学時代に、1969年の日活映画 浦山桐郎監督。浅丘ルリ子、小林トシ江、河原崎長一郎、小沢昭一、加藤武、加藤治子、露口茂、佐野浅夫ほか出演の 「わたしが・棄てた・女」 を見ました。

中学3年生の頃から映画少年で、大学に入ると同じ下宿に 映画狂先輩の I さんが居て。 監督は?脚本は?音楽は?俳優は?演技は?と教えを請いながら 夜を徹して語り合い、二人で連れ立っては映画館に通い・・・当時はイタリア、フランス、ハリウッド映画の黄金時代であり 1年間に300本くらいは見ており(当時は二本立て、三本立てが普通で 試写会も多く)、「卒業したら映画監督になってやろうか」 とふと思ったり。の青春時代でありました。 どちらかというと、なぜか あまりヒットしなかった ウイリアム・ホ-ルデンとキム・ノバクの 「ピクニック」 が印象に残っています。映画はヒットしませんでしたが、音楽の 「ム-ンライト・セレナ-デ」 は映画よりは有名になり。落ちぶれた主人公が、かつては恋人だった彼女と せつなくダンスをするシ-ンが思い出されます。


「わたしが・棄てた・女」は、あまりにもやりきれない内容で、日活は客を呼べないと、すぐには公開せず。 吉永小百合の 「キュ-ポラのある町」 で監督デビユ-した 浦山桐郎は これをきっかけに結局日活をやめています。 

この映画は土曜夜に、一人で見に行きました(どうでもいいことは良く覚えています)。まず、東中州の「ナイル」でカレ-を食べて、最初の映画館を出たのは12時前・・・帰ろうかなと歩いていると 「「わたしが・棄てた・女」 の看板が?  どんな映画かな?( 下宿に帰ってI さんに 「おまえねぇ~」と怒られました) ふと入ってみたのでありました。 浅丘ルリ子がこの映画で初めて女優として開眼し、小林トシ江、河原崎長一郎は演じてないようで演じているようでの名演技・・・いい映画見たとなぁ~感激したのでありました。が、東中州は夜の街であり、深夜映画館は、お仕事帰りの女性も多く、ほぼ満員でありましたが、それがみんな声をあげて泣いているんですね。ビックリしましたが、名作であり、私は日本映画ベスト点間違いなし、文学や映画の力はすごいなぁ。切ない問題作品でしたが、余計なことに遠藤周作が産婦人科医の役で出ていたんです (-_-)゜zzz・・・。

などと 我が青春の思い出とともに館内を歩いてみました。

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眺めが素晴らしいテラスがありました。館内もよかったけど、テラスからの眺めが最高です。。

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東シナ海、角力灘の眺めの素晴らしいこと

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そのうちみんなもテラスに やってきて 「この方向へ真っ直ぐ行くとポルトガルだよ」 「この角度だとフランス?」

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そろそろお別れの時間がきたね。 ここで分かれようか。 みんなは長崎駅へ?、こちらは雲仙に。 楽しい二日間だったね~。 次は いつ どこでします? 楽しい時間をありがとう。では、また 会いましょう。


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by ab300211 | 2011-09-22 17:54 |

1634 ジュズネノキ

軽トラックと衝突して、自転車は壊れても体はあまり壊れない、元気印のNさん(高知県在住)のHPを見ていたら、瑠璃色の実のルリミノキ。ネットで検索したらあまり出てないし・・・稀少な南方系の木のようです。

こんな木は、縄文時代以前の森のような、古い森(=あまり人の手が入ってない森)にあるに違いないと思って、ありそうな所を探索してみました。が無しの空振り。うちの辺りでは滅多になく、あっても実が付かないということらしく・・・


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ルリミノキは失敗しましたが、やはり山口ではあまり無い、ジュズネノキ(ナガバノジュズネノキ?数珠状の根の木))に遭遇しました。一本だけ。腰の高さくらいで、半日陰の暗い森では赤い実がついてないと分かりにくい、小さな木
コ-ヒ-の葉に似ていますが、コ-ヒ-はこのジュズネノキやルリミノキやの親戚です。


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やはり南の国に多い種のようで、原生林がいっぱいあって、今よりも暖かかった縄文時代以前にはもっとあったかもしれんなぁ~と思ったジュズネノキです。


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by ab300211 | 2011-09-21 10:44 | 植物

1638 熱帯植物温室

広島市植物園報告第三弾も、寒い季節におすすめの暖かな温室で熱帯植物の探索です

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カカオが実っていました。大人の両手で包みきれない大きさで、インパクトがあります。太い幹に小さ~な花が付き(幹生花;熱帯にはよくあります)、実がだんだん大きくなり、緑色から黄色になり、茶色になると完成です。

カカオ農園ではどうしているか知りませんが、家庭的には茶色になった実を水につけ1~2日。実を割ると発酵したア-モンドくらいの種がいっぱい出てきて、それを天日干しをするとカカオ豆の完成です。インドネシアの田舎道で、道端に拡げたムシロの上で転がっているのを 「何かな?」としゃがんで眺めていたら、それがカカオ豆であって・・・、チョコレ-トの秘密を初めて知って感激しました。

私は安いア-モンドチョコが好きですが・・・ベルギ-製とかスイス製とか異常に高いチョコがあるのは何でやねん?「おじちゃんそれはね、チョコレ-ト作りは繊細な技術なんよ。温度が0.5度違っても・・・」とパテェシエを目指して鎧塚なんとかさんの店で働いている東京の姪のYちゃんに怒られました。

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それからコ-ヒ-の実。 右はゴミかなと思ったらバナナの種。が展示してありました。相当昔、東南アジアのどこかで誰かが種無しバナナを発見し、それが栽培され拡がって・・・

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高い木に、合歓の花に似たフトモモの花が咲いていました。「マレ-アップル」と書いてありました。向こうの市場に行くとよく見かけます。大型ピ-マンのような形をしていて、赤く熟れても、水気も味もほとんどない、リンゴとはほど遠く果物というより野菜味です。

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ホウガンノキ(砲丸の木)が植えてありました。大きくなる木ですが、幹は10cm足らず、いつになったら咲くでしょうか。
サガリバナ科だそうですが・・・サガリバナはフトモモの花に似ており、ホウガンノキは遠目には椿の花のようで、とてもサガリバナ科とは思われず・・・そこらが自然の面白いところです。

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それから大きなキツネノマゴ科の花や熱帯スイレン、あれこれのサトイモ科もあり・・・居ながらにして日本や世界の植物が見られる植物園は好きです。

自然愛好家の中には「やはり野の花でなくては」と言う人もいますが、それは人間の都合であって、生き物に責任はなく、優劣は無く、わたしは両方とも好きです。


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なお、植物園にはレストランもあり。スパゲッティを注文したら鰹節(花かつお)が、威風堂々と鎮座していました。さすが、お好み焼き王国広島!でも、ここまでやらなくても・・・(-_-)゜zzz・・・の広島市植物園の報告を終わります。


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by ab300211 | 2011-09-21 10:30 | 植物

1640 クモラン

冬にもよい事があります。葉が落ちて見通しがよくなって・・・・


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梅の木でクモラン発見
細い葉を伸ばした姿が蜘蛛、直径が数センチの小さな着生ランです。ゴツゴツした樹皮の上をウメノキゴケのような地衣類が覆って、ふわふわの天然の寝床になったような、木の幹に生えます。

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3・4mmくらいのラグビ-ボ-ルのようなのは果実 中に細い糸付の微少な種子が詰まっています。

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クモランとカヤランが並んでの2ショット。

クモランはどれも果実がついて、辺りを探すとクモランが着いて木があって、花が楽しみな良い場所です。
クrモランやカヤランが生えるような木の幹を見ると、珊瑚礁が思い浮かんできます。

フワフワベッドを切り取って調べると、そこにはいろんな種類の生き物が棲んでいるはずで・・・これこそ大自然と思うのです。




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by ab300211 | 2011-09-20 16:34 | 植物

1639 冬の日本海、角島の波高し

クリスマスの頃から雪の日も増えて、山口らしい天気になってきました。本州の南の端の山口県、暖かそうに思われがちですが、中国大陸から日本海を渡ってくる北西風で、雨かと思えば雪、雪かと思えば雲間から日の光、と安心したら空が急に暗くなり、めまぐるしく天気が変わる冬の山口です。
家を出た時は曇り、途中で小雪が降り出して、どうなることかのうち、日本海が見える国道191号線にさしかかる頃には明るくなってきました。


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手前が本土の特牛(こっとい)で、この橋を渡ると角島。角島大橋の辺りの海は一年中こんな色をしています。
この日は北風が強いだろうと、ヒ-トテック装備で出動しましたが、ほんと風なし。島の沖合には白波も見えず、角島沖も風はほとんどなし・・・

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何かいいものは落ちてないかと砂浜を歩いてみましたが特になし。ワカメだけがわいわいと転がっていました。という、ワカメ拾い日よりの角島でした。


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by ab300211 | 2011-09-20 16:16 | 風景

1641 鳥 撮り

鳥撮りは難しい~ ?  長いレンズもいるし、忍耐もいるし


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ニコンF2を使っていた時、800mmのレンズで挑戦しましたが、小鳥は点にしか写らず・・・、何より忍耐がいるのですっぱり諦めました。
今はデジカですが、長いレンズは18-250mmのみ・・・サギくらい大きな鳥なら何とか撮れます。



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寄せて撮るレンズがないので、庭にミカンをおいて、鳥を寄せて作戦で


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と、直ちにこいつが登場。どこで見張っているのか、ほんとに目が良い鳥です。


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乱暴で大食いだし・・・早くどこかへ行ったら』 オガタマの枝で待機中のメジロ


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『やっと番がきたか』  ジョウビタキやカラもウロウロしていますが、ヒヨドリが邪魔をして、まだ、写真が撮れてません。


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by ab300211 | 2011-09-20 16:01 | 動物

1643 カルガモ

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水が貯まった田んぼにカルガモが50羽くらいたむろしていました。カルガモと言えば子育て。テレビのニュ-スで毎日話題になっていた時も。記憶では皇居がすぐ前の、お堀端にある三菱ビルのカルガモ一家の行進が皮切りだったような・・・それが今では、カルガモや他の鳥たちは、鳥インフルエンザで敬遠され、「白鳥やカモにエサをやってはいけません」の時代に。

生物愛護や自然を大切には、あくまで人間にとって都合がよいか、悪いかで決まる訳で・・・それは、当たり前の事であります。最近目立つ「自然保護は善行です顔」の自然保護派はそこらをよ~く考えてやってほしいものです。自然保護は地球のためではなく、あくまで人間が生き延びるために必要なことであります。から、やらなくてはなりません。が、なぜか?という心構えをはっきりさせておく事が出発点です。
鳥が災いの素と敬遠されるのは、やがて鳥のウイルスが人間に感染するからですが・・・・鳥とヒトの間でウイルスが行き来するのは昔から知られていることで、何を今更と思わない訳でもなく・・・・というよりは、蚊やネズミ、貝などが人間の病気の素。となっているのは常識です。


ちょっと話題が飛びますが、ウイルスが生物間を飛び回って、遺伝子の運び屋になるのは、学生時代に医学部であった実習でも実験して習いました・・・当時としてしては革新的な実習であったし、S先生やM先生は著名な世界のDNA生物学のパイオニアでありましたが、学生の本分として「めんどくさ よく分からん 今日は何時に終わるかな」であったわけで、申し訳ないことをしたなと反省しています。


ところで、DNA生物学時代になったから、何でも分かってきた。と、思っている人が居たらそれは完全に間違いです。例えばヒトのDNAの95%くらいは無駄(役に立ってないという役に立っている)、とか、ヒトDNAの中には他の生物の遺伝子が無数に組み込まれている。なぜなん?ますます謎が増えるばかり。謎が増えることは進歩している証拠であり、それが科学の進歩というものです。科学が進歩するので、解決すべき問題はどんどん増加しています。


「この生物の名前は?」の分類学にもDNAは活躍していますが、パズルの全貌は分かっても、パズルの断片が増え続け、「これは○○です」と答えるのはさらに悩ましくなっているようです。


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50mくらい離れていたので、もうちょっと近づいて、と思った瞬間、逃げ始めました。とっくに気がついていたようです。鳥ってほんとに目が良いと感心します。

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一斉に飛び立って、カメラが間に合わず、ピントはボケボケになりましたが、カルガモの羽の色はこんなにきれいなんだと感激しました。



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by ab300211 | 2011-09-20 10:36 | 動物

1648 キセキレイとクサシギ

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セキレイは人を恐れないようで、すぐ傍までやって来ますが、写真撮ってやろうかなと思う間もなく、すぐあっちの方へチョコチョコ行ってしまうせわしない鳥です。川にキセキレイが居ました。


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楽しそうに一人遊びしていました


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川面をじっと見つめて物思いにふけってる鳥もいました。


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っちじゃないっ!                そっちでもないっ!


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こか~っ  こちらに気がついて 飛んでいきました。クサシギのようです。



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by ab300211 | 2011-09-19 20:06 | 動物

1651 凌雲寺跡

山口市のうたい文句は「西の京」です。が、京都の面影は微か・・・・

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ですが、中世には海外にも名が知られた文化・経済都市。画聖雪舟も、大内氏の遣明船に乗って中国へ。1550年には、イエズス会の宣教師、F.サビエルが 「その栄華は他のすべての都市に優る」 大内氏の山口にやってきました。

サビエルは山口から京都へ。しかし、戦乱の京都での布教は難しく、1551年に山口へ戻り、しばらく滞在した後、中国へ。しかし、サビエルが去ったその年、内戦によって山口の大内氏は滅亡。 山口の街が燃え尽きるまで8日間もかかったそうですから。サビエルが讃えたように栄華を誇った都市だったのは確か・・・ということで西の京の面影も微かです。

このサビエルの像は山口市のほぼ中心地のサビエル記念聖堂にあります。サビエルは香港?の近くで、病死しました。が、遺体は現在も保存され、「山口で布教活動して450年」の2000年には 腕が(本物です)山口へ戻ってきて、信徒に担がれ小さなパレ-ドがありました。
ロ-マのバチカンの近くにはイエズス会の教会があり。教会にふと立ち寄った友人が 「Yamaguchiから来ました」 と言ったら それは!ということで二人のためにミサを開いてくれたそうです。キリスト教徒って、物事を忘れない、息が長い人達ですね~  5,6,7、8年前?に東ロ-マ帝国の首都でもあったトルコのイスタンブ-ルを訪問し、1500年前?は悪いことをしましたと謝っていました。


そして、サビエル記念聖堂から西へ2キロに我が家があり、我が家から北へ2.5キロで、いつもの散歩コ-スの終点の凌雲寺跡に到着します。

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ゆるやか~な台状の田んぼ道をゆるゆる行くと 大石で築かれた豪壮な石垣があり、石垣の間を抜けるとかつての凌雲寺の境内に。凌雲寺は1507年に大内氏が建てたお寺で、昭和34年には国の史跡に指定されています。

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いつもは人影無し!イノシシの足跡多数!のコ-スですが・・・今日は人影が。おばちゃんが7人と責任者らしい男1名が三カ所で穴掘りをしていました。

ごつい石垣ですよね やっぱり砦の役割もしていたんでしょうか?「でしょうね。しかし、ごつい石垣が造られるようになったのは信長の時代だから、凌雲寺は普通じゃないすね」 、お坊さんのための傘屋だけでも何軒かあり・・・僧も多い大きなお寺だったのでしょう。

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「おばちゃ~ん 金の仏様出た?」 「未だ。石ころだけ」 おばちゃん達はパ-トですが、発掘のベテラン揃いで、どんな時代の遺跡にも詳しく。 腰痛でなければやってみたいバイトです。

凌雲寺がどんなお寺だったかは実際に調査したことは無く、取りあえず今年から3年は調査をするそうです。小判が出たら大変なので散歩は続けることにします。

なお遠くに見える↓の山の向こうが我が家のある辺りです。15階のビルもありますが、全国一寂しい(人口密度も圧倒的に差をつけています)県庁所在地だけのことはある風景でしょ! が、かつては西の京だったんですっ!



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by ab300211 | 2011-09-19 19:48 | 風景