森羅万象

2020 氷見神社:式年遷宮-2013 (2)

お待たせしました。2014年の初荷(初更新)です。最近、HP(ブログ)作成意欲 低下中ですが、今年も(2014年)もよろしくお願い致します。


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中宮の鳥居を通り抜け、中宮のお社(やしろ)が建つ、原生林的、杜(森)に突入すると、
「私達は大地に深く根ざし高く空に聳える樹木の前に立つ時、樹霊を感じることがある。 人は、決して越える事ができない、その齢や大きさに、あるいは、枯れては萌え出る生命力に、驚き、あこがれ、畏れを抱き、古よりそれ自身を神として、また、神の宿る依代(よりしろ)として崇めてきた。」 「日本だけでなく、バリ島で、タイで、ラオスで・・・木に祈りを捧げるのは アジア人の心。」 ---社長談
的なカシ類などの背が高い大木がいくらでも生えています。

1992年以来、中宮の杜には一人で、よく通いました。梢を渡る風の音、小鳥のさえずり、渓流の流れの音を聞きながら、一人で、極相林・原生林的、杜の落ち葉の上に座っていると、「中宮の杜は神々がおわす場所」の気持が湧いてきます。


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巨大な倒木がいくらでも有ります。が、大きな木が倒れると、樹冠(木の最上部の葉が茂る部分)に穴が開いて(=ギャップ)、日差しが林床まで差し込むようになって、太陽の光を浴びて、若木や幼木が、育ち始め。やがて大きな木に育ちます。森が若返り、「森は生きてる」証拠と思える情景です。

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の時。2013年の新お社発見しました。右下は、1973年生のお社か(40年前?)。式年遷宮は、伊勢神宮に倣って 20年に一度、中宮の古い社を、新しいお社に建て代える祭事です。

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大きさは1間半ほどか? 新しい しめ縄が飾られていました。

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それから、少し上(30m上方)辺りに木に隠されように、二つのお社が建っています。
左:1993年製。右は倒れかけた1953製か? 初めて中宮に来た時は、崩れ去ろうとしている(合計7社)、お社も有りました。が、それは消失していました。2013年は全部で4つのお社でした。

その後(1992年)以来、鹿野町の二所山田神社の宮本公胤(宮司)氏と何度もお会いしました。お茶も飲みながら、「最近は いやし、パワ-を貰う」とかのカタログ的な意味不明な説明ばかり。 「自然(神)に対して 畏(おそ)れ敬(うや)まうの心が欠落していますネ。」と盛り上がりのお話も交わしました \(^o^)/


「自然は人々に豊かな実りをもたらす有り難いものです。しかし、一方では地震や台風などの災害をもたらす怖いものでもあります。古代の人々は自然に感謝するとともに、罰としての災害を与えるものとして、自然を恐れていました。 → 自然は「畏れ敬う」ものであり、 豊かで安全な暮らしができるよう、祈りをささげていました。」-社長談
西表島 (沖縄~奄美にも)には 大抵は古い森ですが、御嶽(うたき)と呼ばれる、神聖な祭礼の場所があります。神や霊がやってくる神聖な場所。木を見ようと、無断で足を踏み入れ、島の人に謝ったことがあります (-_-)゜zzz・・・


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中宮の上には、坂になった原生林的、杜が続いています。この上の方に、上宮があるはず。と、何度も登って探してみました。未だ上宮を見つけられていません。



『20年に一度の上宮での式年祭に祭主として、まつりを斉行したが、道なき道を苦労の末、ただりついた所は、10m以上はある屏風岩であった。野猿の遠吠を聞きながら地に伏してのまつりは、まさに原始祭祀そのものであった。このような原生林の中で原始的な祭祀が行われている所は現在希であろう』 -宮本公胤(「やまぐちの山と自然」より


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ということで、初荷のお届けを終わります。今年もよろしくお願い致します。-社員一同
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by ab300211 | 2014-01-10 23:03 | 風景