森羅万象

1919 世界への窓 山口衛星通信所

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県庁所在地の都会度ランキングでは、第二位の佐賀県佐賀市に大差をつけて、全国一の田舎度を独走する山口市です。が、田舎のくせに意外なものが?2つあります。 

その一つ目は 
スペイン生まれのイエズス会の宣教師、F.サビエルが山口にやってきたことです。 F.サビエルはインドのゴアを1549年4月に出発し、鹿児島県の坊津に上陸、1549年8月に鹿児島市に到着しています。九州で布教活動をし、1年後の1550年8月には平戸をたって、博多を経由して、11月に 「 比類無き王が治める 栄華をほこる 」 山口市にやってきました。 山口から京都へ上洛しましたが、京都ではキリスト教布教の勅許が得られず、失意のうちに、京都を去って、山口経由で、1551年3月には平戸に戻っています。


ザビエルは、平戸に置き残していた献上の品々を携え、三度山口に入った。1551年4月下旬、大内義隆に再謁見。それまでの経験から、貴人との会見時には外観が重視されることを知っていたザビエルは、一行を美服で装い、珍しい文物を義隆に献上した。献上品は、天皇に捧呈しようと用意していたインド総督とゴア司教の親書の他、望遠鏡、洋琴、置時計、ギヤマンの水差し、鏡、眼鏡、書籍、絵画、小銃などがあったとされる。

これらの品々に喜んだ義隆はザビエルに宣教を許可し、信仰の自由を認めた。また、当時すでに廃寺となっていた大道寺をザビエル一行の住居兼教会として与えた(日本最初の常設の教会堂)。ザビエルはこの大道寺で一日に二度の説教を行い、約2カ月間の宣教で獲得した信徒数は約500人にものぼった。



日本滞在が2年をすぎ、サビエルは布教を他の宣教師にまかせ、1951年9月に山口を去って平戸からインドへ向かい、1952年2月にゴアに戻っています。なお、サビエルが山口を去った直後、陶氏の反乱がおこって市街地は炎上 栄華の王国、西の京は消滅しました。


そんな事があったとは 今の山口からはとても想像できません。が、望遠鏡、洋琴、置時計、ギヤマンの水差し、鏡、眼鏡、書籍、絵画、小銃  キリスト教・・・ 「ヨ-ロッパへの窓」が開いていたのです。




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そして、意外なものの、二つ目は・・・

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山口市の中心地から車で約5分、田園地帯の仁保に突然現れる パラボラアンテナ群ですっ!


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1969年に開設された KDDIの山口衛星通信所です。  「山口は田舎だなぁ」 と車で走っていると 宇宙的な景観が突然目の前に。 誰でも ギョッ と ビックリするはずです(高速道路からもよく見えます)。

山口衛星通信所こは豪華な資料館もあって 誰でも自由に見学できます。ので、通りかかったついで 「久しく来てないなぁ」 なので、この日はちょっと寄ってみただけです。

受付の守衛さんと話もしました。去年の秋 この風景が NHKの番組 「人生下り坂 さいこう~!」で 取り上げられた直後には (さいこう~の一行様は中には、入らなかったそうです)、見学者が急に増えた時期があったっそうです。が、いつもはほとんど人影なし~っ のこの日は私を入れて、3名でした 。なお、アンケ-ト用紙を出すと 特製ノ-トが貰えます。が、前はペンにシ-ル・・など色々なお土産が貰えていましたけど (-.-;)y-~~~


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直径が34mの一番大きなインテルサット用のアンテナです。
1960年代に商業用の衛星通信が始まりした。最初は地球を周回する衛星経由の通信でしたが、その後高度3万キロ以上の静止衛星、インテルサット、が使われるようになりました。


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日本で最初の衛星通信所は茨木県に。通信衛星を経由して、最初に送られてきたテレビ番組は 1963年11月22日(日本では23日)、高校生の時です。明神ケ森という山を登り、家に帰ってテレビを見たら 「ケネディ大統領の暗殺シ-ン」 アメリカから送られてきた、それが最初の衛星経由の番組だったので インパクトが強く、今でも覚えています。

茨木通信所の続いて、1969年に山口衛星通信所が開設されました。茨木は大平洋上空に浮かぶ静止衛星を使った北米との通信を担当。山口衛星通信所はインド洋上のイインテルサット衛星を使ってヨ-ロッパとの通信を分担。ザビエル時代から約400年を経て、山口がまた「ヨ-ロッパへの窓」 になったのです。

茨木通信所はその後閉鎖され、山口衛星通信所が日本で唯一の、世界でも最大級の衛星通信基地になっています。 の結果 「ヨ-ロッパへの窓」 は 「世界への窓」に昇格しました。


パラボラアンテナは仲が悪く?お互い あさっての方を向いています。が、右向きは西向きでヨ-ロッパ方面、左向きは東で 北米方面のパラボラアンテナです。なお、ほとんどが浅い角度なのは、静止衛星 インテルサット衛星が ほぼ赤道上空に浮かんでいるからです。アンテナは赤道上空を狙っています。日本は赤道から遠いのでこんな角度になります。
インドネシアなど赤道辺りにある国のアンテナは真上を向いています。東南アジアを旅行していてアンテナの角度を見ると 「南に来たなぁ」 です。


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ひと昔前は テレビ番組などを やりとりする インテルサット衛星だけでしたが、現在は船、飛行機、携帯電話用などの インマルサット衛星 が運用され、アンテナは最初の頃に比べると どんどん増えていました。数えたら大小合わせて18個もありました。

NAOと書いてある直径32mの このアンテナは古くなって使用はやめて、もらい手を探していました(アンテ
ナは無料でしたが解体・移設費は自前で)、解体・移設費が半端じゃなく、もらい手は現れず、スクラップになるとこでした・・・が、国が予算を出して、電波望遠鏡として復活して、宇宙の謎を追っています。

子供を連れて遊びに来ていた、最初の頃は 外国人技術者も含め たくさんの人が働いていました。自前のゲスト用のホテルも、あったはずです? アンテナが増えているのに、人影は寂しく減っています。

しかし、通信技術が急速に発展し、PCを使って 外国からも、日本のどこからも、遠隔操作ができるようになり ここ、山口衛星通信所に居なくても運用ができる時代になりました。

「国際通信を担って頑張ってきたのに、通信技術が発達しすぎて、そのセンタ-である、通信所は寂しくなる」
 何かものすごく皮肉な状況ですが・・・・田舎の山口にも すごいものがある でしょ!


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by ab300211 | 2013-02-25 23:08 | 風景