森羅万象

1914 太宰府天満宮 「お石茶屋」

太宰府に来たら、梅ケ枝餅です。 米粉の中は小豆の粒あん、こんがり焼いた お焼きです。 私は餅系大好き人間です。 

西鉄太宰府の駅を降りると「梅ケ枝餅」店が並び、境内には「梅ケ枝餅」の茶店が並び・・・・その数 多すぎ どこで食べてよいかサッパリ分からない状態です。
が、梅ケ枝餅なら 「お石茶屋」 です。福岡の「梅ケ枝餅」通の間では名が知れた茶店です。

本殿を裏を通りすぎ、梅林も通り抜けて、だんだん寂しくなって 山がすぐそこの天満宮の、一番奥の 奥に「お石茶屋」はあります。 観光バスでやってきた人は絶対行かない、不便な?場所です。

あまり人が来ない場所 未だ有るかな?と心配しながら歩いていくと


b0211627_1873466.jpg


木造平屋の 「お石茶屋」は 商い中  元気にやっていました。\(^o^)/



b0211627_1883052.jpg


中も外も昔?のままで安心しました。

b0211627_189673.jpg


b0211627_1892276.jpg


席に座って待っていると、次々お客がやってきました。 隣のおばちゃんに 「えらい繁盛してますね」と話しかけると 「ネットに出ているから、みんな知っているんですよ」 ネットの威力恐るべし。
何で有名か? ネットで 「お石茶屋」 と検索すると、数多のペ-ジがありますので、各自、お調べ下さい。


私が学生していた大学の教室は、定員が20名。 けど 「学生は少ない方がいい」 の方針で、入学させる学生は10名前後(3人の?年もあったそうです)。 私の年は戦後最多。でも 先生の方が遙かに多い、同級生はたった13人でした。こんな事が許される、昔の大学は自由な雰囲気が漂っていました。 

同級生のOさんは 「しろしかっ!」 「せからしかっ! 」 「うち いそがしかけん かえるけん あとは あんたがやっとくちゃっ しっとう?」  はい知りません (-.-;)y-~~~  標準語なし 120%博多弁。 当たると所敵なし 臆するとこなしの正々堂々、竹を割ったような性格で、が かなり照れ屋さんで、心根の優しいとこが見え隠れする、 ああ これが九州の女か~ 博多娘か~  
 
名前が AとO なので実験がペアのこともありました。 「あんたが実験ばしっ うちがレポ-ト書くちゃっ」 私が器具をいじくってデ-タを出すと 素早く計算し 。授業が終わった時は既にレポ-トも完成。 「今出したら早すぎ ちゃろかっt」 うん 早すぎ 明日出しておくから・・・・ とりあえず 大学を卒業を目標に、学生生活を謳歌していました。 でも、頭脳明晰で、高校も同級生だったNさんによると 「真面目に?やったら東大に合格」間違いなしだったそうです。

身長は170cm近く、首から下は細からず細からず、下半身は頑丈。当時流行していたワンゲル部に入り、休みになると 30キロの荷物を背負って 山を駆けめぐっていました。

4年生の時は指導の先生は違っていましたが、同じ研究室に入りました。 お昼ご飯は蜂蜜をかけたリンゴ一個。なんで それであんな体重が維持できるか?秘密が分かりました。 10時のおやつ、2時のおやつ、3時、4時のおやつ 暇を作ってはポリポリ食べていました。「お菓子の食べ過ぎと違う?」 「あんた せからしかよっ!」

ある日 太宰府の話題になって 「太宰府に行ったら 梅ケ枝餅はお石茶屋に いきんしゃい バイトしたこともあるよ うちのお婆ちゃんは お石さんと遠い親戚ちゃ けん  うちも遠い遠い親戚になるっちゃ」 

卒業後は接点もなくなりましたが、 風のウワサでは、名門でお金持ちの御曹司に見初められめでたく結婚したとのことでした。卒業20年?記念の同窓会で超久しぶりにあったら、「うちは子供が4人」 幸せな家庭生活を送っていました。やっぱりね~ 同級生は、みんな Oさんは幸せになると思っていました。が、それから数年後 4人の子供を残し Oさんは突然 逝ってしまいました。 人生は不条理です。

後日談があります。 それからまた暫く経って、Oさんと仲良しだった同級生のNさんが 突然私の仕事場に来ました。 「山口のSで午後から仕事 ついでに寄ってみたよ。」 その時初めてOさんが ガンを発病し、たった3ヶ月で、亡くなった事を知りました。 あまりの突然の出来事で みんなに知らせる間もなかったそうです。

でもNさんはいつもと違う・・・・ Oさんの話が終わって  しばらく沈黙して Nさんは突然 「アベ君お葬式用に写真撮ってある? わたし この夏、ガンの手術したんよ 3年たって生きていたら大丈夫なんよ」 入ってきた時 ものすごく痩せていたので 何かあるなと思っていましたが。
NさんはOさんのお葬式に行ったそうです。 突然の死で いい写真が無く、飾られていたOさんの写真が寂しくて 可哀想で 涙が出てそうです

Nさんは健康診断で 「ガンです 明日入院して下さい」  「わたし 一番最初に何したと思う?」 そのまま美容院に行って その日の内にお葬式用の写真を撮ったそうです。 可愛らしい写真を飾ってもらいたかったからネ。 だから アベ君も元気なうちにお葬式用に写真を撮っておき。(未だ撮っていません)

ガンと言うことは家族以外知らない。お婆ちゃんにも 心配するから知らせてない。 でも誰かには知っておいてもらいたいから、同級生のTさんには聞いてもらったけど ついでに近くに住んでるアベ君にも聞いてもらいたかったから・・・ということらしく 

午後からの仕事が終わり、新幹線まで未だ時間があったので 「萩でも行こうか?」 車の中では何を話していいか・・・・ 慰めの言葉も思いつかず・・・・黙って運転しました。

Nさんはその後 再発することなく無事復活しました。今年も大勢の家族に囲まれた写真付きの年賀状が、届きました。



梅ケ枝餅は 福岡市内の店でお土産に買うこともありますが、やはり太宰府で熱々を食べるのが一番です。 4個くらいなら、あっという間に食べます。

b0211627_2381187.jpg




[PR]
by ab300211 | 2013-02-13 18:10 | 風景