森羅万象

1906 京都(7)蚕の社

嵐山に車を置いて、京福電鉄の嵐山線に乗って 「蚕ノ社 かいこのやしろ」 に行ってみました。 嵐山線は四条大宮が始発。
四条大宮→西院→西大路三条→山ノ内→天神川→蚕の社→太秦広隆寺→帷子ノ辻→有栖川→車折神社→鹿王院→嵯峨→嵐山 
曰わくありげな地名がある路線です。


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嵐山線に乗るのは二度目。亡くなった私の両親(義父母)は その後故郷の福岡に移り住みましたが、若い頃は京都に住んでいました。
父は四条大宮にあるS製作所のエンジニア。嵯峨から嵐山線に乗って、四条大宮まで通勤していました。 



なので、私の連れ合いは 「雅の京都生まれよ!」 雅の生まれ?ほんとかぁ~ 雅の気配もないような・・・???? 両親から昔の事を聞いて、京都に行った折、暇を作って、描いてもらった地図を頼りに 嵯峨を探索したことがあります(もう20年以上前のことですが)。

聞いていた店が無くなっていたり、昔とは様子が違っていました。が、母が買い物していた 「片岡知恵蔵も大根を買っていたよ」 の八百屋さんを発見。若いご主人に代替わりしていて、「ちょっと古い事はことは・・・」でしたが、みんなに聞いてくれて 「ああ あのMさん家か!」、
住んで居た家を見つけました。


お隣だった、映画監督の森一生さんの家は無くなって、近所の様子も変わっていました。太秦に東映の撮影所があったので、町内には 女優、俳優、映画関係者が住んでいたそうです。 「山田五十鈴に抱っこしてもらった事もあるよ」 母談。 
が、嵯峨は雅とはほど遠い、庶民の町でした。


母が残した写真の中に その時の撮った町の様子の写真がありました。 昔の私は、マメだったな と感心しました。

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嵐山→蚕ノ社 線路の沿いには家が建て込んでいます。 蚕ノ社駅のホ-ムの狭いこと!!


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駅から5分ほどで蚕ノ社。 ご近所さんかな?の様子のお参りの人達とすれ違いました。


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鳥居をくぐるとすぐ拝殿。拝殿の向こうに見えるのが本殿です。拝殿の左の鳥居は 「元糺の池=もと ただすの 池」 への鳥居です。


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大きな木が茂った森に囲まれて本殿は、簡素ですが趣があります。この照葉樹が茂る神社林は、 「元糺の森」 と呼ばれています。

「元糺の池」 「元糺の森」と 「元」がついているのは、後でできた加茂神社に名を譲ったからです。
8世紀初めには、既にあったと記録されている非常に古い神社です。


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本殿すぐ右となりには、養蚕の神様を祀った東拝殿、蚕養(こかい)神社があります。 京都は絹織物の町です。
この神社 ほんとは 木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみむすびのやしろ)=木嶋神社ですが、摂社の蚕養神社の方が有名で 「蚕ノ社」 と呼ばれています。

この神社のシンボル・マ-クは加茂神社と同じ 葵(フタバオアイ)です。が、生物学的には絵柄が変? フタバオアイの花は葉に隠れるように垂れていますが(加茂神社はそうなっています)、上を向いて真っ直ぐ伸びています。何か訳があるのでしょうか?


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続いて、 「元糺の池」へ。 鳥居をくぐると小さな池があり、一番上の空池には、三本柱の鳥居が立っています。とても有名な「三本鳥居」です。 三本柱が作る三角形を2個 合わせると 「ダビデの星」  のキリスト教の影響を受けている説。三本鳥居の下にある、御幣が立っている石積みは 「神座」 宇宙の中心である説などがあります。

この辺り一帯は、古墳時代には、既に栄えていた土地で 大きな石の古墳もあります。また、帰化人の 「秦一族」が治めていた文化的先進地だったので、 いろんな不思議があるのでしょうか。


「ついでに広隆寺に行こうか」と言われたのに、探索スタミナ不足で、何となく行きそびれました。次回はぜひ と言うことで終わります。



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by ab300211 | 2013-01-27 00:09 |