森羅万象

1867 J.B.Gurdon

本日のメニュ-は・・・・社長の若い頃の話題とお姿です。 えっ 聞きたくない 見たくない! クリックしたのでもう手遅れです。

京都大学の山中教授が2012年のノ-ベル賞受賞。毎日テレビや新聞が賑わっています。が、同時に医学生理学賞を受賞した J.B.Gurdon はどうなっているんでしょうか? ということで 余計なことですが J.B.Gurdon の紹介です。
J.B.Gurdonは1933年英国生まれ、オックスフォ-ド大学・ケンブリッジ大学などで研究生活をおくった発生生物学者、日本の学会や大学に招かれて、日本へも何度もやってきた、大変有名な研究者です。


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動物の体は、たった1個の細胞=受精卵から造られていきます。
受精卵は分裂しながら、細胞数を増やし、やがて多種多様な(数兆~数十兆個の)細胞からなる体が完成します。 どういう風にして 肝臓、腎臓、筋肉、皮膚・・・などの多種多様な細胞になっていくのか?を調べるのが発生学です。

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細胞の形と機能は遺伝子に依って決められます。そして、受精卵の核にある遺伝子(DNA)はどんな細胞でも造れる遺伝情報を含んだ完全セットです。i遺伝子と発生の関係を考えると

① 発生して造られた細胞が持っている遺伝子セットと受精卵が持っている遺伝子セットは同じ。

②発生してできた 各細胞がもつ遺伝子セットと受精卵の遺伝子セットとは違っているし、また、細胞の種類によって持っている遺伝子セットは違う。

①と②のどちらが正しいか?は発生学の根本的な課題。生物学の近代化が始まった、19世紀末から これを確かめる研究が始まりましたが、「J.B.Gurdonの核移植」 実験によってこの問題に ほぼ決着がつきました。
「J.B.Gurdonの核移植」 は高校の教科書にも載っている、有名な研究です。


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Gurdonの核移植はアフリカツメガエルで行われました。 まず、未受精卵に紫外線を照射し核を壊しておきます=核なし=遺伝子無しの卵です。

オタマジャクシの小腸をとり、小腸の上皮細胞を用意します。この細胞の核を顕微鏡で見ながら 先が極細のガラス製のピペットで核だけを吸い出します。 

そして、核無し卵に この上皮から採った核を注入します。で、発生させると数パ-セントの割合で完全なカエルができました。

この研究が発表されたのは1962年ですが、その後成功率は向上し、また、皮膚、脳など 小腸以外の細胞からの核を移植しても完全なカエルができることも明らかにしました。

小腸の上皮細胞は上皮細胞用だけでなく、(発生の途中で遺伝子を失うことなく)、完全な遺伝子セットをもっている ことが証明され、発生学の長い論争に回答を与えました。
核移植はその後 マウス、ラットなど 様々な動物にも応用され、Gurdonの実験が正しかったこと分かりました。 

核移植といえば1990年代に 羊で行われ 「クロ-ン羊」と大騒ぎになりました。が、核移植は30年前にGurdonがやったことであり・・・これはカエルでやったことを 羊でやっただけの事であり・・・

こういうのは「銅鉄主義」と言われ、新味のない恥ずかしい仕事とされています。が、研究者の中には自己宣伝に熱心な人がおるんですね。 競争が激しい米国などに・・

この核移植の実験は発生学・生物学研究の偉大な成果。なんですが、なぜかすぐにノ-ベル賞にはならず・・・核移植が行われた1960年代は 分子生物学の勃興期、それからは分子的な研究がより脚光を浴びた時代であり、何となくタイミングを失したのでしょう。貰って当たり前のノ-ベル賞 がついに実現し めでたしめでたしです。

私が学んだ研究室は、Gurdonの研究とクロスする部分があり、私の先生とGurdonは交流していました。のこともあり、Gurdonは何度か我が研究室に来ていました。が、大学を終えたあとに会うチャンスがやってきました。

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これが 1982年10月15日の J.B.Gurdon です。背はスラッと高く、髪はきれいな金髪の ナイズな英国人です。


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J.B.Gurdonが1974年に書いた発生学の本です。が、その中に私が大学院の時にやった研究も載っています。載せて貰って嬉しいなぁのところ、ついに本物に会えて感激しました。 

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「講演は明日だから、今日は太宰府でも案内してきて」 とY先生に言われ 英語が堪能なS先輩を先頭に 若い院生もお供して太宰府に行きました。 30代の私が居る懐かしい写真です。

ちょっと見ると話し込んでいるように見えますが、それは誤解、ほとんど英語はしゃべれません。単語の羅列英語です。 日本人は英会話が苦手 ということを知っているので 嫌な顔一つせず 分かるまでつき合ってくれます。


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最初はネクタイに上着のイギリス紳士でしたが、10月にしては暑い日だったので、それはやめ、太宰府の周りの田んぼのそばを歩いているところ。 竹林を見て 何度も 「きれい」 と言ってました。 竹はイギリスにはありませんから。

「ABE これは何と言うバッタかな? それからこの石は何岩なん?」と責められているところです。
太宰府に行く途中で 「あの木は何?」 あれですか ゴルフのクラブを造るパ-シモン(柿)ですがね と答えたら、「ほうあれが柿か ABEは雑学は得意そうじゃね」と見込まれて その後は質問攻めに会い・・・・


私も中学まではチョウ集めをしていました。「ほお ええねぇ この夏はパプアニュ-ギニアにチョウ採りに行ってきたとこ」 Gurdonは本格派のチョウのコレクタ-で有名です。 
「えっ ABEもテニスを。 我が家の庭にはテニスコ-があるよ。 スカッシュのコ-トを造ろうかなと思っているところ」 Gurdonはスポ-ツマンで趣味も多く 「モンテカルロ・ラリーも走ったことあるよ イギリスに帰ったら通勤用にホンダを買おうと思っているところ」 
そんな風には見えない 穏やかな紳士なんですけど

その夜は みんなで揃って大学近くの居酒屋へ。核移植の実験は細かい仕事で、手先の器用さが相当要ります。アジの塩焼きをべ終わった Gurdon のお皿を見たら 小骨も大骨も骨格標本のようにきれいに整って皿に乗っており・・・・核移植をこなす筈、その器用な手先 日本人ももうちょっときれいに食べな いかんねぇ とに感心、反省しました。


居酒屋を出ると 街灯に蛾が群れていました。 「ABE きれいやねぇ 採集したら」 「ガはあんまり好きじゃないんですが・・・・・」  翌日の夜 S先輩をお供に 蛾の採集をしたそうです。
J.BGurdonは おごったとこが一つもなく、誰にも対等に接してくれる 人間的にも尊敬できる素晴らしい人物でした。

Gurdonは核移植のあとも、時流にながされる事なく 我が道を追求する 優れた生物学者です。


有名な人を知っている と それを自慢げに書くのは恥ずかしいことなんですが・・・J.B.Gurdonの紹介を終わります。


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by ab300211 | 2012-10-13 14:08 | 風景