森羅万象

1762 長登銅山 採鉱跡地巡り

1月22日、日曜日、「秋吉台の自然に親しむ会」の今年最初の行事 「長登銅山 採鉱跡地巡り」が開催されました。あいにくの小雨でしたが20名が参加し、道なき道を、登ったり、下ったりの 「疲れたぞ」 コ-スでしたが、無事全員帰還し、めでたく終了しました。

長登は秋吉台の草原と繋がっている森林地帯にある、奈良朝時代には既に銅山があった場所で、長登は日本でも最も古い銅山のひとつです。当時は銅の採鉱と精錬は超ハイテク産業であり、そんな近代的な文化や技術は先進国の中国から入ってきたので、中国の隣にある山口県は、日本有数のハイテク産業地であったのは当然です(酒造りの杜氏の発祥の地は山口の日置と思われます)。なお、奈良東大寺の大仏は長登の銅で造られました。

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本日の講師と道案内は 長年に渡り 長登の発掘調査を行ってきた 現在は「長登銅山文化交流館」館長の池田善文氏と我が会の松井さんです。

小雨の中 「長登銅山文化交流館」を出発して すぐ着いたここら辺りは 鉛がたくさ採れた場所です。なお、鉱山は、銅山にしても、金山にしても、さまざまな鉱物があるのが、普通で、長登は主に銅を採掘しましたが、鉱石には銅の他 鉛やコバルトなども含まれています。

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鉛は特に好きでないので採集しませんでしたが、ふと見上げたら、クリの木に、 ヤママユの非常にきれいな繭がぶら下がっていました。

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それから坂道を登り、ここらは コバルトがたくさん採れた場所です。

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コバルトを含んだ鉱石で、ピンクに見えるのが酸化されたコバルトです。

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コバルト帯過ぎると、雨でぬかるんだ坂は一段ときつくなり・・・厚さ10cmの泥靴状態で、左右を見るゆとりはなく・・・・と、開けた道はここで終わり、あとは道無き急峻の森林に突入。二人に就いていくのがせいいっぱいで・・・本日の予定の エボシ抗や焼けの露頭 は 「はて そんな所を通った?」 「誰や?こんな所につれてきたのは!責任者出せ~」状態でありましたので、以下は場所は不明です。


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シイタケや可愛いキノコが生えていました。 長登は大きな銅の鉱脈はありませんが、奈良以降、昭和35年まで採掘がつづいた、非常に歴史が長い銅山で、森林帯の中に古い採掘抗跡がいくつもあります。なので、足元に転がっている石を見ると

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きれいでしょう!銅の化合物が入った いろんなタイプの孔雀石が転がっていました。 日本画の青~緑色の、「岩絵の具」の素です。 良質の絵の具を使うと鮮やかな絵になり、そんな絵は売れて、画家は金持ちになり。お金があるので良い岩絵の具が買える。という仕組みであり、狩野派が一流になったのは明らかに絵の具の勝利です。岩絵の具の値段は 金より高かったらしく、長登にも岩絵の具の職人が居たそうです。


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最後に寄った、明治40年~大正8年まで採掘された「大切堅坑跡」です。深さ90mまで掘ったそうです。


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やっと降りてきたぞ~! 正面の山の向こう辺りをウロウロして帰ってきました。この山にはいくつも坑道があり、散策路もあり、見学できます。 また、この山の麓辺りからは 奈良時代の木簡が発掘されています。が、まだ 「日本でこんな場所はない」ほど無数に埋まっています。 長登は個人的には福岡県の太宰府にも負けてないぞの 日本で第一級の、国宝的な場所ですが、調査が終わったのはほんんの一部、これからも、たくさんの発見が期待できます。

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出発点の交流館が見えてきました。交流館にもぜひお越し下さい。 池田さん、松井さん 案内ありがとうございました。ということで、10時~15時 22000歩の長登探索でした。




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解散後、交流館の後の溝を覗いたら アカガエルの卵塊が二個。 今日の朝早く産んだようでした。

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by ab300211 | 2012-01-23 00:32 | 風景