森羅万象

1651 凌雲寺跡

山口市のうたい文句は「西の京」です。が、京都の面影は微か・・・・

b0211627_19392838.jpg

ですが、中世には海外にも名が知られた文化・経済都市。画聖雪舟も、大内氏の遣明船に乗って中国へ。1550年には、イエズス会の宣教師、F.サビエルが 「その栄華は他のすべての都市に優る」 大内氏の山口にやってきました。

サビエルは山口から京都へ。しかし、戦乱の京都での布教は難しく、1551年に山口へ戻り、しばらく滞在した後、中国へ。しかし、サビエルが去ったその年、内戦によって山口の大内氏は滅亡。 山口の街が燃え尽きるまで8日間もかかったそうですから。サビエルが讃えたように栄華を誇った都市だったのは確か・・・ということで西の京の面影も微かです。

このサビエルの像は山口市のほぼ中心地のサビエル記念聖堂にあります。サビエルは香港?の近くで、病死しました。が、遺体は現在も保存され、「山口で布教活動して450年」の2000年には 腕が(本物です)山口へ戻ってきて、信徒に担がれ小さなパレ-ドがありました。
ロ-マのバチカンの近くにはイエズス会の教会があり。教会にふと立ち寄った友人が 「Yamaguchiから来ました」 と言ったら それは!ということで二人のためにミサを開いてくれたそうです。キリスト教徒って、物事を忘れない、息が長い人達ですね~  5,6,7、8年前?に東ロ-マ帝国の首都でもあったトルコのイスタンブ-ルを訪問し、1500年前?は悪いことをしましたと謝っていました。


そして、サビエル記念聖堂から西へ2キロに我が家があり、我が家から北へ2.5キロで、いつもの散歩コ-スの終点の凌雲寺跡に到着します。

b0211627_19412167.jpg

ゆるやか~な台状の田んぼ道をゆるゆる行くと 大石で築かれた豪壮な石垣があり、石垣の間を抜けるとかつての凌雲寺の境内に。凌雲寺は1507年に大内氏が建てたお寺で、昭和34年には国の史跡に指定されています。

b0211627_19422666.jpg

いつもは人影無し!イノシシの足跡多数!のコ-スですが・・・今日は人影が。おばちゃんが7人と責任者らしい男1名が三カ所で穴掘りをしていました。

ごつい石垣ですよね やっぱり砦の役割もしていたんでしょうか?「でしょうね。しかし、ごつい石垣が造られるようになったのは信長の時代だから、凌雲寺は普通じゃないすね」 、お坊さんのための傘屋だけでも何軒かあり・・・僧も多い大きなお寺だったのでしょう。

b0211627_19434517.jpg

「おばちゃ~ん 金の仏様出た?」 「未だ。石ころだけ」 おばちゃん達はパ-トですが、発掘のベテラン揃いで、どんな時代の遺跡にも詳しく。 腰痛でなければやってみたいバイトです。

凌雲寺がどんなお寺だったかは実際に調査したことは無く、取りあえず今年から3年は調査をするそうです。小判が出たら大変なので散歩は続けることにします。

なお遠くに見える↓の山の向こうが我が家のある辺りです。15階のビルもありますが、全国一寂しい(人口密度も圧倒的に差をつけています)県庁所在地だけのことはある風景でしょ! が、かつては西の京だったんですっ!



[PR]
by ab300211 | 2011-09-19 19:48 | 風景