森羅万象

1669 津和野鷲原八幡宮の流鏑馬 2011


4月の第二日曜日は、津和野の鷲原八幡宮で、天下太平、五穀豊穣を祈願する、流鏑馬が奉納されます。日曜日は用があり、行けないかもしれないので、4月9日土曜日のリハ-サルに。リハ-サリを見学するのは初めてです。八幡宮の流鏑馬は昔は地元の氏子によって行われていましたが途絶え。が、昭和51年より小笠和流の人々によって復活し、それ以降は小笠原流の古式に従って、開催されています。
1時頃鷲原八幡宮に到着しましたが、社務所の横の広場で準備中で未だ馬場に人影無し。が、今年は何と桜が満開です。


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ではいつものように知ったかぶりで、馬場などを紹介してみましょう(いつもの事ですが、森羅万象は間違いが多いのでくあてにならず。確かな事は各自お調べ下さい)。
スタ-ト地点から馬場を眺めてみました。土手の右が走路。走り終わると土手の左側を通って、戻ってきます。


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木の柱とロ-プで出来た柵が埒(らち)。的がある左の埒が(男埒 おらち)、右が女埒(めらち)。音埒と女埒に囲まれた所は「さぐり」。耕されて砂が入れられている「さぐり」を馬が走ります。男埒と女埒の間を馬が走る。なかなか意味深長です。手前のロ-プが外されているのは「さぐり」は使用可という印です=「らちが開いてる」状態で。
馬場の長さは約150間(270m)で、この間に3つの的があり、走りながらの馬上からの騎射を行います。



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3つの的の後には石垣があり、これが安土。安土もあって古式通りの流鏑馬用の馬場はほとんど残っておらず(鷲原八幡宮だけか?)、みんな張り切って参集するそうです。が、問題があります。それは古い馬場は、馬が遅い時代の設計で・・・現在の馬はそれよりずっと速く。速いので時間的にゆとりがなく、また、速度がある馬上から的に当てるのは大変難しく。ちょっとでも間違うと失敗する。の、大変難しい馬場なんだそうです。


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しばらくすると馬場の点検が始まり・・・弓馬術礼法小笠原流31代小笠原清忠氏の長男清基氏です。津和野には小学生の頃から来ているそうです。阪大を卒業し筑波大学大学院で学び、現在製薬会社の研究職の31歳。 あれ?家元の長男だから小笠原流の跡継ぎとして専業かと思うのが普通です。が、800年以上続いた日本を代表する名家小笠原家には家が興った時から「家業を生業としない」という家訓があります。小笠原の弓馬術礼法を教えることで生計を立てることは禁じられています。これは「経済を考えて流儀を教えると、おのずから弟子との妥協が起こって、流儀の品位が卑しきなることを戒めていると同時に、弟子をふやすために自然に無理ができてくる」という考えだそうです。から、清忠氏も清基氏も職業をもち、社会人として働いているわけです。ということで、流鏑馬を習っても礼法を習っても無料。無料なので、「イヤなら辞めて下さい」が言え、そのことで室を保ち、かつそれが厳格に伝えられ、伝統が守られた来たそうです。


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こちらが清忠氏です。いつもニコリともせずこんな顔をしているので・・・高弟の方から「ギャルとも気軽に話してますよ」という話を聞いたので勇気を出して一度だけ話したことがあります。「ご子息は立派になられましたね」「あいつ7年も大学院に行きやがって!」「・・・・」という愉快な方で、流鏑馬に参加した小学生に「今日は疲れなかった?」と声をかける優しい方です。が、大変明快な哲学の持ち主のようです。
「厳格に伝統を普及させることは、大変難しく、ましてや兼業でそれを行うのは、困難を極めます。
 そこで、当代宗家である清忠氏は、次代を担う若い世代が正しい伝統を継承できる環境をつくるために本法人を設立することを決断されました。 本法人は、子どもをはじめ多くの方々に正しい伝統に触れていただく環境をつくることを主な活動としております。  また、現在全国各地で奉納しております儀式を守るために、門人が稽古に専念できる環境作りにも力をいれております。」ということで小笠原流をNPO法人に。小笠原家の歴史が大きく変化したことになります。



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こちらは何度が話したことがある高弟のお一人で、リハ-サルが終わったあと「根ほりはほり作戦」でお話を伺ってみました。なお、東京から、神奈川から、奈良から、福岡から・・・・流鏑馬に参加する門人の方は自前の無料奉仕。体力と瞬発力が必要な流鏑馬。昔は40歳になると引退でしたが、今は50歳を過ぎると引退だそうで、引退したら指導と運営役になっての参加だそうです。

「若様のダイエットは少しだけ成功したようですね」「あれは家元プレッシャ-太りです \(^o^)/」 小笠原流と言えば弓馬術と礼法の家ですが・・弓馬術の方は分かりやすい分野ですが、礼法は奥が深く・・・公式行事、冠婚葬祭、誕生祝、贈答、飲食、包み方、姿勢、言葉遣い・・・暮らしの中の全てにはマナ-・作法があり、そのお手本を示すのが小笠原流。この方は基本の礼儀作法の他、流鏑馬、華道、茶道、和歌、音楽(雅楽)、蹴鞠・・・と8くらいは納めたそうですが・・・家元となるとこれくらいでは問題外・・・人が行う事には全てにマナ-・作法があり、その全てに指導・助言できるだけの知識。技能を身につけなくてはならず、努力とプレッシャ-が大変だろうということのようです。「でも近々結婚されるので、少しは楽になるでしょう」との事でありました。


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最初の二回は馬をゆっくり歩かせて、次の二回は軽くは知らせて、最後は弓を持って駆けて、馬と人のウォ-ミングアップが終わりました。
「今年は人が少ないようだし(20~25名くらい?)、女性も居ませんね~」「今年は記録フィルムを撮るので少数精鋭での流鏑馬です。記録するので練習の的も本物で、みんな張り切っています。」
的は約50四方の板ですが、これがビックリするほど高価なんだそうで。練習の時はダンボ-ル紙の的を撃つのが普通なんだそうです。


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二の的に命中。矢が的にささっています。が、もう次の矢を掴んでいます。でないと三の的には間に合いません。矢を射る時は「陰陽~陰陽~(いんにょう~と聞こえます)」と声をあげますが、その陰陽の掛け声が終わらないうちに、的を通り過ぎ、的はその後、やっと2枚に割れ、落下していきました。というように、馬の速度は相当速く、目の前をあっという間に通り過ぎていきます。


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第三の的へ全力で駆けていきます。胸元から入った風で背中が膨らんでいます。私は正面より、後ろ姿の方が美的だなぁと思っていて、好きです。
的を過ぎたら20mくらい先で馬を停めなくてはいけません。馬も人も慌てるので、ここらで落馬、転倒がおこります。今日の練習でも一度落馬。顔で杭2本を押し倒していきました。


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矢を落としてしまいました。が、型を作って馬を走らせます。両手を放したまま矢を放ち、馬を走らせる。流鏑馬は日本の技と美ですね~。
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走り終わって土手の向こうを帰っていく時が、好きです。・・・乗り手の素顔が見えるような気がして、私は必ずシャッタ-を切ります。


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最後は馬を連ね、ゆっくり歩かせて、3時半前に練習が終わりました。乗り手の背中に安堵感が漂ってくるようで・・・桜は満開で、なかなかよい土曜日でした。


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鷲原八幡宮に到着すると、馬も到着しており、地元の方々も準備を始めておりと、ちょうどいいくらいの時間でした。なんと、今年は桜が満開。素晴らしい天候。雰囲気がとても素晴らしい中での流鏑馬です。午前に少し馬を運動させ、午後に稽古です。ここ津和野の流鏑馬は昔ながらの馬場が残っている場所です。そのため、現代の馬では速度が速すぎ、大変難しいです。つまり、昔の馬の速度に合わせた馬場(馬が走るところ)になっているため、的と的の距離が短いわけです。稽古をしながら、本年も厳しいなぁと思いましたが、ご苦労があって用意いただいた馬ですので、なんとかしなくてはなりません。稽古中に、いろいろありましたが、まぁそれなりに終了。津和野というのは、亀井藩の領地でした。亀井家の末えいの方がいらっしゃいまして、稽古後に温故館を拝見させていただきました。また、流鏑馬に使用する幕も提供してくださいました。携帯で写真を撮ったのですが、操作ミスでデータを消してしまいました。。。。決して、近代技術に疎いわけではありません・・・・



清基氏のブログ・・・勝手に載せてみました。



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by ab300211 | 2011-04-22 21:30